夢を見た。昔の夢だ。
沖田隊長に手を引かれて、世界を見せてもらっている夢。
隊長は私を見て、怖いくらい儚く微笑んだ。
そして口が動く。ごめん、と。
どうして謝るの、隊長のそんな顔見たくない、見たくない、見たくない、いやだ、







はっと目が覚めたときには背中に、額に、嫌な汗を掻いていた。 私は重い体を起こし、手の甲で額の汗を拭って息を吐いた。 嫌な夢から覚めたからって今まで通りの幸せな現実に戻れるわけじゃないんだと気付く。 夢も現実も変わらない。何処へも逃げることなんて出来ない。 今はいったい何時なんだろう、と思って気だるい体を無理矢理立たせて障子を開ける。 夕暮れの始まりを感じる空気、沖田隊長が部屋の前の廊下でごろりと寝転がっていた。




「やっと起きたかィ」
「隊長…」
「早く行くぞ」
「え、行くってどこに、」




「よっ」と起き上がった隊長は私の手を取り、散歩、と言った。
隊長と手を繋いだのはひどく久しぶりで、昔に戻ったような感覚を思い出した。
だけどこれは紛れもない「今」だ。
だって、あれ、隊長の手ってこんなに熱かったっけ?
熱があるんじゃないだろうかってくらいだ、でも、でも。




「隊長、歩くの早い、」
が遅いんだろィ」




離す気にはなれなかった。安静にしててくださいなんて言えなかった。 私わかってる、病気のことなんて何一つ知らないけど、わかってる。 外に出ることって多分体に良くないって、結果的に隊長に無理をさせるだけだって。 でも手を離せないのは、一瞬でもいいからまた以前のような時間を 過ごしたいという私の勝手な願望があるからだ。 沖田隊長だってわかってるはずだ。自分がどれだけ無理をしているかってことくらい。 だけどこうして私の手を引いてくれるのは、隊長にも私と同じような願望があるからだと思いたい。 ああ、どうしてもっと大事にしないんだろう。どうしてわざわざ寿命縮めるようなことして、馬鹿みたい。 馬鹿だよ隊長、長く生きることだけを考えてよ。私だって馬鹿だ、引き止めればいいのに、馬鹿だよ。 どうしてもっともっと上手い生き方が出来ないんだろう。 毎日のように死に触れてるから、感情が麻痺したのかな。




靴を履いて屯所を出る。 空のずっとずっと向こうで夕焼けが始まってた。 すたすたと歩いていた隊長の歩みが遅くなった。 靴の裏が地面を叩く音が響く。そういえば隊長の隊服姿は久しぶりに見た気がする。 ――ああ、久しぶりじゃないな。討ち入りのときに着てた。 ふと蘇ってきたまだ気味悪いほど鮮明な記憶を振り払った。今考えることじゃない、忘れてしまえと。




「久しぶりだなァ」
「え?」
と散歩。昔よく行ったな」
「ああ…そうですね、が12で隊長が14の時、」




あのとき隊長が私に初めて世界を教えてくれた。 目の前で親を亡くして世界を恨んでいた私に、 お前の見てきたモンだけがすべてじゃねェんだと教えてくれた。 あの頃から隊長が、真選組が私の世界のすべてになった。 何かを、誰かを世界のすべてと言い張ってしまうのは大げさかもしれなくて、 他の世界を見ないことは勿体無いことかもしれない。 けれど私は生きて死んでゆくまで、別に此処以外の何処か違う世界を見てみたいとは思わない。 此処で生きて此処で死にたい。そんな事を言ったら隊長は笑うんだろう。

隊長は昔、空を指差して言った。「なァ、地球はデッケーだろィ」と。
私はそのときの夕日が綺麗で綺麗で、隊長の手を握ってボロボロと泣いた。
一生忘れない、忘れられやしない。




「あん時はもっと小せェ手してやがったな」
「もう四年前です、だって成長しますよ」
「四年かァ」
「四年、」




ぽつりと呟いてみてもその過ぎてしまった年月が長いのか短いのかはわからなかった。 靴音は続く。一度下りた沈黙はこのままずっと時の流れを永遠にして続いていくような気がして怖くなった。 隊長と手を繋いでいるこの時間は永遠であって欲しいと思うくせに、永遠を恐怖と感じる自分が在る。 私はどうしたいんだろう、何を望んで何を願っているんだろう。 ぼんやりと心を泳がせていたとき、隊長が口を開いた。あ、永遠が消えた。




「悪ィなァ」
「…なにがですか、」
「いや、……悪ィ」




風が吹く。指先が冷たくなってくみたいだ。 私は何回唾を飲み込んでも渇いたままの喉を震わせたけど、呼吸だけが零れた。 何言ってるんですか、なんてとぼけようとした声を体が拒絶したのだ。 ああもう知らない振りなんて無理だ。 泣いてしまえば感情が少しだけでも隊長に伝わるかもしれないのに、涙すら零れちゃくれない。 隊長はさっきまで見てた夢と同じように、儚く微笑んだ。 どくんと心臓が泣く。小さな震えが止まらなくなった。 隊長はそんな私を無視して次々言葉を紡いでゆく。




「…なら大丈夫でィ」
「……」
「俺のことは忘れろ、忘れて、の一番隊を作れ、」




隊長は、勝手。私はぎゅうっと唇を噛んだ。
何も言葉が出てこない。泣きたいのに一滴の涙も零れない。
なんと呼んだらいいのか、
名も持たない感情が穴の開いた心臓から血液とともに流れ全身へ送られる。




私はどうしたいんだろう、何を望んで何を願っているんだろう。
そんなのとっくにわかってる、答えはもう知っていた、隠していた。




ゆっくりと進んでいた歩みを止める。
夕日はどんどん沈んで、あとは夕日が残していった橙色を藍色の夜が呑み込むだけだ。
私の中で静かに、ボロボロと涙を流したあの頃が蘇ってくる。

……ねえ隊長、今と隊長がこうしている間に、 何人の人が涙を流して生を請っているのかな。
ねえ隊長、今と隊長がこうしている間に、 何人の人が涙を流して産声上げているのかな。



ねえ隊長、わかってる?今と隊長が繋いでいる手は、人殺しの手なんだよ。







「沖田隊長、」







でも私、その人殺しの手に救われたんだよ。







「……私を、」







だから、その優しい、残酷な手で、
























「私を、殺してください」








(幾人もを殺めたその手で、私を救ってください)