繋いでいた手がするりと離れた。 隊長はふ、と笑い、腰にあった刀に手をかける。 私は少しびくりとした。 隊長は何の躊躇いもなく鞘からすらっと刀を抜いて、先端を私に向けた。 今まで幾人をもの血を命を吸い込んできた刀は夕陽を反射して眩しく光っている。 私は向けられた刀の先端ではなく、隊長だけをただ見ていた。 刀の先端は私の喉へ下りて、私はごくんと息を呑んだ。 此処が私の終わりか。生死が交差する戦争ではなく、こんなにも穏やかな夕暮に、隊長の手によって私は全てを絶つのか。 じんわりと感情が融けていくのが分かる。ああ何もかも、無くなって行くみたいだ。


私が今居るのは何処だろう。全てが不確かだ。浮いているみたいに感じる。
隊長の手で終わらせられるならば、もう十分だけれど。




「なァ、
「……はい」
「俺にお前が、斬れると思うかィ?」




隊長の刀の先端が私の喉元から動き、すーっと頬を滑った。
同時に裂かれた皮膚から血が滲み、痛みを伴う。
思わず顔を歪めると、隊長はカラン、と私の頬を切った刀を地面に落とした。
震えた呼吸が零れた。私、安堵してる。死ななかったことに。殺されなかったことに。




「…泣いてんじゃねェか」







違う。殺されたかった。私は隊長に殺されることで救われるの。
なのにどうして、





「隊長、私、」





ただ重い程の涙だけがひたすらに目から溢れ落下する。
隊長が切った右頬から流れる血と混ざり、頬を伝う。






「ただ、嬉しくて、」









「隊長の居なくなった世界を見なくて済むのなら、それが嬉しくて、」









何も怖くなんか無い。


それは半ば自分に言い聞かせるようなものになっていた。 隊長が居なくなる事がただ怖くて怖くて、けれどどうしたって涙になってくれなくて、 それが今、こんなにも簡単に決壊した理由は分かっていた。多分隊長も分かっている。 分かっていたって知らない振りを続けなければ。私の死は、今此処で創られなければ。 今の私の涙の理由は、隊長に殺されることが幸せで堪らないから。そうでなければならない。 私は随分と忘れていた笑い方で下手に笑う私に、隊長も笑った。「そうかィ」 それは随分と随分と、下手に歪んだ笑顔だった。 隊長は落とした刀を拾った。私は静かに目を閉じた。涙は止まっていった。



















ねえ隊長、私聞いたことがあるんです。隊長もあるでしょう?地獄はとってもとっても怖い処だって。 凶悪的な犯罪を犯した罪人たちが死後に向かうんですって。大量殺人者の私達は勿論地獄へ堕とされるんでしょうね。 護るものを護って殺して来た筈なのに、きっとすべて罪になるんですね。世界って皮肉だよ、隊長。 そんな処に隊長一人で堕ちて行くなんて、そんなのは駄目です。 地獄に何が在るかは知らないので、私が先に行って見て置きます。隊長は後から来てください。 とってもとっても怖い処でも、平気です。隊長が後から来てくれるなら。




だから置いて行かないでください。



置いて行かれるくらいなら、他のどんな恐怖にだって耐えられるんです。

















ねえ隊長、地獄が本当に在るのなら、なんて素敵な事でしょうね。














死後もまた、お逢い出来る場所が用意されているなんて。














































隊長の刀が鞘に納まったその音を聞いて、私は確かに、自らの生への執着に泣いた。











ああまだ、生きてる。









(だって、頬の傷が痛い。)