「山崎!?」 副長の持ち場は既に片付いたのか、屍であふれていた。いつ見ても嫌な光景だ、と思う。 そのなかで煙草に火をつけていた副長を見つけ、死体を避けながら走っていく。 靴が血を吸って重たくなった。 副長の元にたどり着くと、副長は俺の肩をがしっと掴んで言った。「総悟はどうした!!」 走ってきたせいで切れる息を整える余裕もなく、俺は整理できない頭で思いつくままに話す。 「いなく、なって、隊服と、刀、なくなって、だから、」 副長の煙草が落下し、血の海に消えた。 「!!!」 副長が真っ先に向かったのは一番隊の持ち場だった。 俺は副長の後を走った。 ずっと走ってきたせいで息が苦しかったけど、 こんなの隊長の苦しみに比べたらどうってことないと言い聞かせて耐える。 沖田隊長が向かうとしたら一番隊の場所だ。その考えは正しかった。 辺りは既に死体だらけ。その中で人間が二人、沖田隊長と、。二人、血の海の中で膝を折っていた。 「何してんだ総悟!!」 副長が死体を気にもせずに二人に近づいて行った。振り向いたがさっと沖田隊長を隠したように見えた。 俺も近づいていくと、がぎゅっ、と沖田隊長の両手を握った。隊長は少し驚いたようにを見る。 は近づいて来た副長をじっと見据えながら、隊長を守っているように見えた。 「山崎、総悟を連れて戻れ」 はい、と俺は返事をして沖田隊長を見た。 隊長は俺と目を合わせなかった。 頬や髪に付いた血、周りの死体の見事な死に方、隊長は戦闘に加わったと見られる。 それなら危険だと思った。隊長は戦えるほど元気なんかじゃないのだ。 俺が沖田隊長に手を伸ばそうとしたとき、が立ち上がって沖田隊長を隠した。 「…何してる、」 「沖田隊長が来てくださったことで幾らか楽な戦いになりました」 「…当然だろ、それがなんだ」 「一番隊には沖田隊長が必要です」 「んな事ァ、知ってる。退け」 「戻ったらまた、隊長は部屋から出てこなくなるんでしょう?」 「おい山崎、早く総悟を連れていけ」 「沖田隊長はあたしが護ります!」 の怒鳴り声に似た大声が響いた。強い意志を宿した瞳をしていた。 けれど、今にも泣きそうな顔にも見えた。こんなに強くて弱いは初めて見る。 はそのまま表情を隠すかのように俯いた。「だから…っ」 「もう誰も、何も、沖田隊長を奪わないで…っ」 真っ赤な血の海に一つ、透明な雫が落ちて赤に溶けた。 土方さんは何も言わなかった。言えなかったのだと思う。俺も同じだった。 の声は、途方もない願いに聞こえた。 「」 静かになった空気の中、沖田隊長が立ち上がり、優しい声でを呼んだ。 沖田隊長がの頭を撫でると、は沖田隊長に縋りつくように大声で泣いた。 隊長は自分も今相当辛い状態だろうにもかかわらず、静かにそれを受け止めていた。 の子供のような泣き声が響く中、副長ももう口を開くことなく煙草を取り出して火をつけた。 俺はの泣く声があまりに悲痛すぎるのにまた涙を零しそうになったが、 それよりも作り上げられた運命の残酷さに腹が立っていた。 何を恨んだらいいのかわからなくて、存在するはずもない神様というものにすべてを押し付けて恨んだ。 そして存在するはずもない神様というものに、どうか隊長を救ってくださいと必死に祈った。 恨んで祈って、矛盾だらけの願いをすべて受け入れてくれる都合のいい存在があるわけないことは知っていたけれど、 実体のない何にでも縋りたいと思った。 屍と血の海の中、俺達は必死で生を祈った。 (勝手だとはわかっていた。だけど彼女の泣き叫ぶ声はもう二度と聞きたくないから、) |