沖田隊長のいなくなった部屋からは隊服と刀が消えていた。














!一番隊だけじゃ追いつかねェ!」
「すぐに援軍が来るはずだから!とにかく持ち堪えて!!」





予想していた人数よりずっと多い人間が居て、一番隊だけでは追いつかなくなってきていた。 斬りかかってくる奴等を斬っても斬ってもどんどん次の相手が出てきて、体力の消耗も激しい。 沖田隊長が居たならもう少し楽な戦闘になっていたのに、 と考えてしまうあたしはやっぱり隊長なんか務まらないと思った。 けれど今はそれどころじゃなくて、ただ刀を振り続ける。 人が死ぬ。次々。もう今更こんなに簡単に殺していいのかなんて疑問も罪悪感も湧かない。 これがあたしたちのやり方だからと、ただそう思っておくだけ。

それにしてもキリがない。 今回そんなに人数がいるなんて聞いていなかった。 たぶんこんなにも多い人数がいたことは、土方さんも予想していなかったんだと思う。 あの鬼副長め、と悪態をつきながらも、返り血を浴びながらも、 常に頭の中を支配していたのは沖田隊長のことだった。 戦闘に集中して、ひたすら斬りながら渦巻く嫌な気持ちを振り払う。





「沖田隊長!?」





叫び声やらうめき声やら、屍や生きた人間が生み出す音が溢れる中、 隊士の一人がそう叫んだのがはっきり聞こえた。 隊士の声が聞こえたほうから、次々と叫び声のようなものが湧く。 たくさんの人間が次々倒れていき、そこだけ人間が退けていった。 強い人の空気。思わずごくりと息を飲んで怯む様な、恐怖を感じるほどの存在感。





「隊長…!?」
「伏せろ





隊長が見えたことを疑うより早く、聞こえた声に体が自然と反応してばっと身を屈めた。 隊長の声は今までで自然とあたしに染み付いていたということか。 体を屈めたと同時、周りにいてさっきまであたしに刀を向けていた人間が次々と死んだ。 沖田隊長の戦い方だ、と思った。 隊長は殺すなと命があったとき以外は本当に見事に、叫ぶ間も与えず殺す。 屈みこんだまま顔を上げると、先ほどよりずっと沢山の死体の中、沖田隊長が立っていた。 あたしは隊長の顔を、その存在を確かめるかのようにじっと見た。 白い肌に返り血の赤が飛び散っている。斬ることだけを目の前に据えた、鋭い目をしている。 ああ、隊長だ。沖田隊長が戻ってきた。瞳孔の開いた目が、ふとあたしを見た。





「何ぼけっとしてんでィ」





隊長の声が随分と久しぶりに耳に届いて、はっとする。 隊長の強い威圧感からか、一瞬静まり返った周りの中から、ぽつりと沖田総悟だ、と呟く声が聞こえた。 その声を合図にするかのように、沖田総悟が出てきては勝機はないだろうと悟ったのか、退く者が出てきた。 その中でも勇気のある者が一人、沖田がなんだと斬りかかってきたが、隊長はそれも動じることなく一瞬で首を刎ねた。 恐怖を覚えたものが次々退いていき、勇気あるものが次々と斬りかかってくるという様に、二つに分かれた。 「半分は退く奴等を追えィ!一匹も逃がすな!!」 久しぶりに響く隊長の命に一番隊が低い声で返事をし、ばたばたと死体を踏み分けて逃げる奴等を追っていく。


斬りかかってくる奴等がいなくなった頃、周りは屍だらけで血の海だった。 そしてあたし達も、自らの血なのか返り血なのかも分からぬほどに全身真っ赤に染まっていた。 ずいぶんと血を吸った隊服が重い。





「隊長、俺達も追いますか」
「あァ、先行っててくれィ。俺ァあとから追う」
わかりましたと隊士の一人が頭を下げ、先程逃げた者を追っていった隊の半分の加勢に行った。
あたしは屍の浮く赤い海の中で隊長と二人きりになった。
も行け」
「…隊長を置いてなんか行けません」
「俺の事ァ気にすんな、早くしねェと、」





ゲホッ、と隊長が咳をした。 その一つを始まりに、止まらない咳が隊長の口からこぼれる。 ゴホゴホなんて普通の風邪のときに出るような咳じゃない、喉が裂けるような、苦しそうな咳だ。 「沖田隊長…!?」 あたしは医学なんて少しも齧っちゃいないし、どうすればいいのかなんてわからないけれど、 右手で口元を押さえて左手で胸の辺りの服をギュッと握って咳を続ける隊長を見て、一つ理解した。 隊長はなにか病に侵されているのだと。 何をしたらいいかわからないながらに、とりあえず背中をさすって落ち着かせようとしてみる。 それで落ち着くはずもなく、隊長は血の海の中にずるりと膝を折った。 「隊長っ…!」 続く咳の中、一回、何かを吐き出すような、喉が裂けたような、初めて聞く咳が隊長からこぼれた。 隊長の咳はやっと治まって、隊長は苦しそうに呼吸を始めた。 ゆるりと口元からどいた隊長の手のひらには、此処にあふれる赤と、同じ色をぶちまけていた。





「だから、早く行けって言っただろィ、」









すっかり見慣れたその色は、初めて人を斬ったときとは違う絶望を与えた。








(赤は絶望の色だと知った)