が隊長を務めることに関して、隊士は誰一人口を挟んだりはしなかった。 俺は局長達が討ち入りに行ったのを見送って、 沖田隊長の部屋で書類の整理など事務的な仕事をする。 隊長はいつものアイマスクはしないで天井を向いて眠っていた。 月明かりだけの暗い部屋で、俺の手元の灯りだけがぼんやりと浮いている。 ふと隊長に視線を流すと、なんとも言えない気持ちが湧き出てきて泣いてしまいそうになった。 隊長が床に伏せている姿など、出来ることならば一生見たくはなかった。 刀の腕は誰にも負けない、いつだって強かな隊長に、誰が病なんてものを科したのか。 皮肉ばかりで我侭放題な沖田隊長を、どうして誰が奪ったのか。 胸が詰まって呼吸が震えた。俺はまた、泣いていることに気づく。 慌てて涙を拭い、再び書類に向かった。 すると隣からごほっと咳が聞こえて、見ると沖田隊長が眉を顰めて咳を零していた。 俺はぱっと手元の灯りを消して隊長に近づく。





「目が覚めましたか」
「……山崎?」
「はい」
「今日は、討ち入りかィ?」
「ええ、まあ」





沖田隊長に今夜が討ち入りだということは告げられなかったはずなのに、 隊長は微妙な雰囲気の違いで気が付いたのだろう。隊長はそういう微妙な異変にすぐに気づく人だ。 討ち入りのことは言わないでおいたほうが良いのか、と迷ったけれど、 結局隠してみたところで沖田隊長を騙せるわけはないと思い曖昧な返事を返した。 横になっていても沖田隊長の声はちゃんといつもどおりだし、喋り方だって少しも変わらない。 隊長は隊長なのだから何も変わりやしないと言われればそれまでなんだが、 正直、彼は相当の無理をして、明るい声音を作って平然な顔をして喋っているのではないかと思う。 毎日見ているからこそわかる、毎日診ているからこそわかる。 病気は確実に進行していて、いつ血を吐くか、俺の方が毎日恐れている状態だ。





「嫌な夜だな」
「え?」
「虫一匹鳴いてやしねェ」





夏だって言うのになァ、と沖田隊長は障子を見ながら呟き、また咳き込んだ。 俺は隊長の背中を支えて体を起こさせ、ゆっくりと背中をさすった。 虫の音も風の音も聞こえない夜は不気味なほどに静かで、恐怖を感じる。 闇をぼんやりと見つめる沖田隊長は、以前よりずっと痩せてしまって、 もともと色素の薄い髪や肌が闇に綺麗に映える。 咳が治まってくると、隊長はまた小さく呟く。外に出たいと。 俺は思わず泣きそうになったのをぐっと堪えて気を引き締め、 そのうちきっと出られますよと微笑んだ。隊長は何も言わなかった。 気休めだと思ったのだろうか。自分でもそう思う。 だけど気休めでも何でも前向きなことを口にしなければ壊れてしまいそうで怖いのだ。 もう長くはないだろうなんて、言えるものか。俺だってそんなの、信じられるものか。





「山崎」
「…はい」
「お前、医者には向いてねェな」
沖田隊長は俺を見て笑った。いつもの悪戯っぽい笑顔で。
泣き叫びたくなった。今度の今度こそ、飲み込むにはもう限界だった。
「…そうですね、向いてませんね、俺、」
「そうでィ」





嗚咽が漏れるのを、視界を歪ませる涙の膜が壊れるのを、 必死で必死で我慢して立ち上がった。せめて頬を伝わぬようにと、立ち上がって上を向いた。 沖田隊長は俺が泣きそうなことに気づいているに違いないけれど、 夜を透かす障子を見つめて気づかない振りをしてくれていた。 そうして気を遣ってくれたのか、喉が渇いたと独り言のように呟く。 俺は白湯をお持ちしますねと震えるのを隠しきれない声で情けなく言って、隊長の部屋を静かに出た。 その途端、ぼろぼろと大粒の雫が落下していき、床で次々と弾けた。 俺はそのまま、涙を止める方法が見つからないまま隊長の部屋から離れるべく廊下を歩く。 ある程度離れたところで、嗚咽が漏れた。呼吸がうまく出来ない。思いをどこへぶつけていいのかもわからない。 俺がこんなんじゃいけないのに、沖田隊長を一番近くで診る者として、こんなに泣いてばかりじゃいけないのに。 どれだけ拭ってみても止まることはなくて、 俺は情けない嗚咽を途切れ途切れに零しながら沖田隊長のことばかりを考えていた。











俺が白湯を持って沖田隊長の部屋に戻ったとき、空っぽの布団だけが音無く敷かれていた。





(空っぽの部屋は永遠に続く闇のように見えた)