ガラリと襖を開けると、真剣な面持ちで隊士が正座をしていた。 一番前に座った局長が途中で入ってきた俺達を見てまあ座れ、と静かに言った。 それは優しい声ではあったけれど、やはりどこかいつもと違っていた。 局長は淡々とした声で、今夜幕府を潰そうと目論んでいる奴等を討つということを告げた。 それぞれの隊が持ち場を振り分けられ、一番隊は沖田隊長がいないにもかかわらず一番重要な場所を任された。 隊士は何も言わなかった。も何も言わなかった。 計画について細かく話された後、夜まで各自準備を整えておけと副長が言い、解散。 「は残れ」 隊士が立ち上がるのに混じってと俺も立ち上がったとき、副長が静かにそう命じた。 だけが残されるのは別に珍しいことではなかった。 けれど毎回勤務中の飲酒がバレただとか、万事屋と喧嘩しただとか、 そういう笑って済ませるような平和な理由ばかりだった。今回は違う。 はいつものように文句を言ったりはしないし、 隊士も空気の違いを感じ取ったのか、いつものように茶化したりはしない。 「俺も残っていいですか」 見たことも無いような真面目な顔をしたがなぜだか怖くて、俺は副長に問う。 副長は煙草に火をつけて煙を吐き出し、座れ、と了承した。 局長の向かいにが、副長の向かいに俺が正座した。 話を切り出したのは副長だった。 「今回の討ち入りだが、一番隊隊長はお前が務めろ」 副長はに視線も向けないでそう言った。 局長もこちらは見ないで目を伏せている。が膝の上の拳をぐっと握った。 「嫌です」 「、」近藤さんがに視線を向ける。 「一番隊隊長は沖田隊長だけです、私には務まりません」 の視線が真っ直ぐ副長に向けられる。 俺はどうしていいかわからずにと副長を交互に見た。 副長はの視線には応えない。 この二人の真剣なやり取りを、のこんなにも真面目な顔を、初めて見た。 「務まる務まらないの問題じゃねェ、お前がやれ」 「…沖田隊長は今夜の戦には参加しないということですか」 「ああ。病人を戦場に向かわせても荷物になるだけだ」 「荷物…?」 の声色が変わる。 「荷物ってなんですか、隊長が荷物だって言うんですか!?」 「、落ち着け」 「そうは言ってねェだろ、病人が荷物だって言ってんだ」 「でも荷物だなんて言い方…!」 「だったらお前は病人を戦場へ向かわせるつもりかよ」 今まで畳の上にあった副長の視線がを刺した。 はぐっと黙った。膝の上の拳が震えている。 「、トシも総悟を荷物だなんて思ってねェさ」 「…はい」 ぽん、と局長がの頭に手を置くと、は一気に大人しくなった。 副長は灰皿の上でまだ十分残っている煙草をぐしゃりと揉み消した。 「それから山崎」 「、はい」吃驚して背筋を伸ばす。 「お前は今夜総悟に付いておけ」 俺は返事をして、ちらりとを窺った。 は俯いていて、そのせいで流れている髪が彼女の表情を隠していた。 副長はに今夜の一番隊隊長はお前だと改めて命じたあと、戻って刀の手入れをしておけと言った。 失礼しますと俺が立ち上がっても、は俯いて正座したまま立ち上がろうとはしない。 俺がの腕を引くと、彼女はゆっくりと立ち上がる。それから俯いていた顔を上げ、副長を睨む様に見た。 「私は今夜、沖田隊長の代理を務めるだけです」 そう言っては失礼しましたと頭を下げ、俺が逆に引っ張られるようにずかずかと部屋を出た。 少し歩いて「じゃあな山崎」と部屋に戻っていったの背中を見ながら、 ようやくいつものが見えた気がした。 俺は意外と強い力で握られていた手首をさすりながら、ほっと安堵の息を漏らす。 が沖田隊長の病気について副長や局長に尋ねることがなくてよかった、と。 だけどそれはが気づいていたからかもしれない。沖田隊長が風邪なんかじゃないこと。 そしてそれを、局長や副長は言わなかったから。 自ら聞くのは躊躇われたか、事実を知るのを怖がったのか。 俺には分かるはずもないが、とにかく沖田隊長に薬を持っていかなくてはと思い出して急いで隊長の部屋に向かった。 (まるで別人のような彼女を見て、沖田隊長の存在の大きさを知った) |