右手に総悟の手を、左手にの手を重ねて屯所の中へ戻る途中、 俺がの頬の傷に気が付いて喧嘩でもしたか、と訊くと仲良しだからしないよとは笑った。 仲良しねェ、と総悟も笑う。両手に二人を連れて戻ったら、それを見たトシが気持ち悪ィなと言ったから、 今度は俺と総悟との三人で顔を見合せて笑った。仲良しだもんな、と、笑った。 俺の心の、自分でもわからないような何処かは知っていた。最期の笑顔だと、知っていたのだ。




今、触れた総悟の手に温度はない。昨日の晩見たばかりの笑顔が浮かんだ。

















今朝、いつもの会議の後、は外へ仕事へ出掛ける前に俺とトシを引き止め、 「一番隊隊長を私に任せていただけませんか」と言った。 その凛とした、大人びた表情に俺はがいつの間にかずいぶん大人になっていたことを知る。 背も大きくなった、髪も伸びた。俺はすっかり根付いていた親心に、 がこんなにも立派になった事を改めて知らされて少し涙腺が緩んだ。 が自分も真撰組で闘いたいのだと言い出した時が思い出されて、それも丁度、今のような状況だった。 あの頃はまだ幼い少女だったのにも関わらず、誰よりも強い光を宿した目をしていて、 その裏にまた誰よりも深い、闇を潜めていた。当然駄目だと言ったトシに不満そうに眉を寄せたは 助けを求めるように俺を見たが、俺はそうだなとトシと同じように彼女の入隊を拒んだ。 その日からは毎日毎日総悟に稽古を頼み、確実に力を付けて強くなり、自分も真撰組の一員として闘うことを諦めなかった。 俺はの入隊を許したときの、こいつの笑顔を一生忘れないだろうと思う。


今、一番隊隊長を任せてほしいと言ったの申し出を、トシはあっさり了解する。「ああ」と低く答えたトシを見た後、 はその凛とした表情を崩すことなく俺を見て、なかなか出さない俺の答えを待っていた。 その顔に真っ白のガーゼが痛々しく貼られている頬を見て、たくさんの痛みを背負ってきた故の強さを思う。




初めの頃はに傷がつくたびに、俺は人知れずどうしようもなく後ろめたいような、申し訳ないような、気持ちに苛まれていた。 今だってそれは変わらない。おそらく俺が一番、が女の子であるという事実を意識し続けている。 入隊を許可する時、トシはに女であることを捨てるよう言った。そんなものは甘えに繋がるだけだからと。 隊の全員も、を「」として見ていた。一人の人間として、同じように闘ってきた。 だが、誰がどう意識していたところでが女であることに変わりはないのだ。俺はそれを知っていた。 だから、彼女の幸せを奪ってしまった気にならずにはいられないのだ。


本来、女は守られて生きてゆくものだ。 そんな考えは古いとか差別だとか言われてしまうかもしれないが、女は男より弱いものだと思い生きてきたし、 それはあながち間違っちゃいないと思っている。俺はを戦場に送りだしてしまった、背負う必要のない罪悪感を、いつまでも拭えずにいる。 おそらくこれから先も変わらない。その罪悪感がに知られたら、はきっと怒り悲しむだろうから、一生見せはしないけれど。 これを機にを隊から外してしまうのはどうだろうかという考えが頭を過ぎったために、俺はなかなか答えが出せなかった。 けれどそのの、曲らない意志をしっかりと湛えた目に、俺は結局頷いてしまう。 は安心したように笑う。そして頭を一度深く下げて、出掛けて行った。 いつの間にか、は大人になっていた。涙を必死に堪えながら、総悟に手を引かれて此処へやって来た時から、もう四年も経っていた。




























「あいつのことは俺に任せとけ」




トシはそう言って、今まで忘れていたのを思い出したかのように、いつも動作で煙草を取り出して一本銜える。 ライターで火をつけるが、なかなか点かないことに苛立って舌打ちをして、吸うのをやめて乱暴に頭を掻いた。 それから立ち上がり、「後のことは頼んだ」と部屋を出ていく。誰もいない、沈黙の満ちた部屋で俺は少しも動くことが出来なかった。 総悟の手を両手で強く握ったまま、離すことが出来ない。熱かった温度がつめたく冷えて、 まったくただの物のように温度を失ってしまうまでを、俺はこの両手の中で感じていた。 この両手の中で、総悟を失くしていった。いくら流しても渇くことを知らない涙がぼとぼとと流れては落ちる。


苦しそうに、段々と細くなる呼吸の中で必死に酸素を吸い込んでいた総悟は何を思っただろう。 ぼろぼろとみっともなく泣きながら、ただ総悟の手を繋ぎとめるように握っていることしか出来ない自分を、 俺はこれ程までに情けなく思ったことはなかった。存在するかどうかも知れない神に必死で祈ったが、 そんなものが届くはずもなく総悟の温度が確かに冷えていくことに俺はただ怯えた。 それはとても恐怖だった。あんなにも熱かったものが、驚くほどに冷えて行く感覚は、 この両手じゃ何も護れなかったのだと思い知らされるようで、総悟が本当にいなくなってしまうのだという実感を植えつけられるようで恐ろしかった。 けれど離すことは出来なかった。すっかり冷え固まったしまった手を、俺は自らの温度で温めるかのように包み込んだまま離せない。 こんなにも冷えた手に触れていても、未だ実感など湧かないのだ。 病に苦しんだ表情よりも遥かに鮮明に、総悟の笑った顔が、幼いころから今までの成長が、鮮やかに脳裏に描かれる。




最期の最期まで、俺は総悟になにもしてやれなかった。 仕舞いには総悟にこんな最期を迎えさせてしまったのは自分の作った運命なのではないかと思いさえする。 そう言えばトシは必ずそんなことはないと言う。俺が責任を負い目を感じる必要などないと言う。 だが、俺は誰に何を言われてもやはり、計り知れない罪悪感を拭う事は出来ないのだ。 一生、自らで両足に嵌めた枷を引き摺って生きて行く。 強く強く両手で総悟の手を包み込み泣き続けても、ただ、沈黙し続けている総悟に、俺は「ごめんな総悟、」とひたすらに謝った。 俺はもう、自分を救うためでしかない言葉を自分の為だけに、泣きながら紡ぎ続ける。ごめん、ごめん、ごめん。 総悟が苦しそうな呼吸の中で掠れ切った声で言った最期の言葉が耳の奥で何度も反芻される。









「泣かないでくだせェ、」

































屯所に帰って来て戸を開けると、ゆらゆらと煙草を燻らせた土方さんが待っていた。
















(揺れる紫煙の向こうで、土方さんは泣きだしそうな顔をしてた)