もしも神様と言う存在が本当にいるとしたならば、 この世の残酷さをすべてそれに押し付けて責め立てたいと思う。
勿論神様なんてものは存在しないし、死後に向かうといわれる天国も地獄もない。
運命は地球が回ることによって、自らが生を重ねることによって創られていく。
結局、運命など変えられはしない。わかっている。痛いくらいにわかっている。
けれどどうして、世界はこんなにも残酷なんだろう。















「ねえ山崎、沖田隊長は?」





その声に思わず肩をびくりと跳ねさせてしまった。 振り向くとがきょとんとした顔で俺を見ていて、俺はぱっといつもどおりの表情を貼り付けて笑む。 沖田隊長なら風邪引いて寝込んでるよ、と。 は表情を曇らせて、また?と心配そうな顔で言った。 そう、「また」。 沖田隊長はここ最近、よく部屋にこもっている。 部屋から出てきて元気で見廻りに行ったり、屯所で昼寝をしたりしている姿を見かけても、 そのうち部屋にこもってしまってその姿を見ることはなくなってしまう。 理由は風邪。表向き、は。 沖田隊長の部屋からはよく咳が聞こえてくるし、誰も風邪だということは疑わなかった。 いや、風邪なんて普通の理由をわざわざ疑うはずもない。





「それ、私が運ぶ」

俺の手にある盆に乗っている薬と白湯を指差しては言う。
俺はそれを首を振って断る。動揺を見せぬようにして。

「これは俺の仕事だから。それに隊士は沖田隊長の部屋に行くなって言われてるだろ」
「何だよ山崎のくせに。いいから私に持っていかせろって」
「山崎のくせにって言うなくせにって。だめだったらだめだ」
「なんで!なんで山崎がよくて私がだめなの!」
「わがまま言うなって」
「なんで…!」





声を荒げたが感情に任せてどん、と俺の肩を押す。 その反動で盆の上の湯飲みが転がって床に白湯をぶちまけた。 いつもなら怒っていたかもしれないけど、怒る気にはなれなかった。 の気持ちはよくわかるから。 一番隊で隊長を常に支えてきたはずなのに、 その隊長は風邪を引いたといって部屋にこもってばかりで、そんな隊長を見舞うことも許されない。 俺は何も言えずに転がった湯飲みを拾って、こぼれた白湯を盆の上に乗せてあった布巾で拭いた。 しゃがみ込んで床を拭く俺に、の声が降ってくる。





「山崎、なんで怒らないの?」
のどこか落ち着いた声にも何も言うことが出来ずに俺はしゃがみ込んで俯いたまま。
するとがしゃがみ込み、今度は芯の通った声で問いかけてきた。

「何を隠してるの」



どくんと脈がはやくなって、息が止まりそうになった。
それでも俯いたまま、何も隠していないと答えた。
がっしりと両肩をつかまれて、の深い色をした目がまっすぐに俺を射抜く。
「ねえ山崎、隊長に何があったの」




「ねえ、副長も局長も、いったい隊長の何を隠してるの?」






は鋭い。沖田隊長が風邪を引いていることに関しては、 ただタチの悪い風邪を引いてしまったんだと誰もが信じていたというのに、は気づいていた。 沖田隊長に「何か」があること。そしてそれを、俺だけじゃなく、局長や副長も隠していること。 何も隠してない、隠してなんかいないと言おうと思っても、声が詰まって言えない。 「ねえ山崎!」の声はだんだんと強くなり、俺の肩をがくがくと揺する。 それは女の手だけれどあくまで普段刀を握っている手で、強い力で震えていた。 言ってしまいたかった。 局長や副長には固く口止めされていたけれど、 ずっと沖田隊長と戦ってきたにだけは言ってしまいたかった。いや、言うべきだと思った。 言うべきだ、だけど言っちゃいけない、激しい思いの葛藤で体の奥底が震える。 今にも溢れ出しそうな何かをぎゅうっと強く拳を握って耐える。 局長や副長の言い付けを破るわけにはいかないのだと、揺らぐ自分に強く強く言い聞かせて。 不断な自分を、けして口外しないと副長局長へ誓ったその誓いで支えた。





「何も、隠してなんか、ない」
「山崎…?」
「なんでもないんだ、本当に、」
「なに泣いてるの…」





気づいたらぱたっ、ぱたっ、と床で雫が弾けていた。 それは紛れもなく俺の目から零れた、涙と呼べるものだった。 本当に何を泣いているんだ、俺は。 拭おうとしても必死で握った拳が固まったみたいに解けない。 拳を解いてしまえば誓いも何も、すべてが崩れる気がした。 俺は脆い。が強い力で俺の肩を揺さぶり続ける。
「なんで泣いてるの、山崎、ねえ、っ!」












ふと空気の違う声が聞こえてが勢いよく振り向く。 がさっと刀の鞘に手を置いたのがわかった。 驚いたときにしてしまう癖なんだろうと思った。 戦いが彼女に染み付いている証拠で、 そんな反射が染み付いているなんて頼もしいじゃないかと思った。 沖田隊長のそばにいて、隊長の戦いを見て、 いざというとき隊長を護るために、すべて隊長のために身についたものなのだ、きっと。 そう考えたら先ほどから自然と流れてくる涙がすっと頬を伝った。 俯いていた顔を上げると、副長が深刻な面持ちで立っているのが見えた。 なに泣いてやがんだ山崎テメェ。いつもの副長ならそういうはずだった。 だけど今そんなことは言わない。 沖田隊長のことを話すときの顔と似た顔をしていた。





「話がある。山崎もだ」





嫌な予感がした。も同じだったのか、鞘をぎゅっと握っていた。 ぎしっと床を軋ませて歩いていく副長の背中をが静かに追いかけ、俺もまたそのあとを静かに追う。 ふと手のひらを見ると、強く拳を握ったせいで爪が食い込んで血が出ていた。 痛いと思うその前に、沖田隊長はいったいこれの何倍痛い思いを抱えているのだろうかと思った。











(脆い自分と、変えられない運命を恨んだ)