独りの時には只管眠る。 体温の無いベッドの上で手足を放り、ピクリとも動く事無く死んだ様に夢に溺れる。 其れは呼吸をしていると言う事と心臓が動いていると言う事を除けば死んでいるも同然。 彼の体温を隣に置かない時の私は生きてなど居ないのだ。 嗚呼足音が近付いて来る。数十メートル先、私の精神を蘇生させる術を持った男の足音。 彼の足音を聞き分けるのに長けた聴覚に刺激され、私の精神は目覚める準備を始める。 何時もの様に手、指先から確認。動く。足、爪先の確認。動く。 如何やら今日も手足はしっかり私の一部で在る様だ。安堵の息。


冷たいコンクリートを真黒の靴で踏み付けて腐った酸素と不健康な人間の充満した路地を彼が歩いて来る。 灰色で満ちた路地裏の世界の奥の奥に在る私の住処を探りに来る。 目を開けてもさっきまで見ていた夢と何ら変わり無い灰色の世界が飛び込んでくるだけ。 太陽なんて物は要らない。明るい世界も色も要らない。 私の世界に色を持たせる術を持った唯一の存在が扉の前で止まった。私はむくりと体を起こす。 ギギッと重たい音で鳴いた扉が開き、この穢い世界にそぐわない色を持った人間が覗いた。 とくんと心臓が鳴く。其れはコツンと一歩光の無いこの部屋に入って来て、また煩い音を立てて扉を閉めた。 一歩一歩歩み寄ってくる動作がもどかしくて私はベッドから飛び降りて彼に抱き付く。




「総悟、」




我慢を知らない下品な私は自ら彼の唇に噛み付く。 すると総悟の腕が私の背中を折れそうな程に強く抱き締め、口内に舌を滑り込ませて来た。 生温かくてぬるりとした其れは私の口の中で這い回り、欲望を掻き立てる。 卑猥で世界で一番心地よくて気持ちが悪い音が止んで 私は自分のモノか彼のモノかも分らない泥水みたいな唾液を呑み込む。 じっと目が合って総悟を見つめると、薄い薄い茶色の髪が透き通って見えた。 総悟は綺麗だ。地球が創った創造物の中で一番綺麗だ。 言い過ぎなんかじゃない、私は此れを過剰表現だとは思わない。 そして私は地球が創った創造物の中で総悟を一番愛して居る。

そんな事を思っていると今度は総悟の方から私に噛み付いてきた。 私は縋るように総悟に抱き付く。 この上ないほど強く抱きついて、唾液を混ぜて距離をゼロにして、 それでも総悟と私は別の生き物で、同じには成れないと言う事実がもどかしい。 でもだから、せめて重なってみたいと思う。 総悟の心臓だったらいいのにと、永久に叶わぬ願いは性欲と成る。


ドサッと押し倒されると古いベッドが厭らしく大きく軋んだ。 唇を重ねながら総悟は器用に私の、自分の理性を剥いで行く。 私は只管に品も恥じらいも欠片も無い声で啼く。 総悟の骨張った長い指が私の中に入り込んで、私の総てを探る。 総悟と一つに成れる瞬間、総悟を愛して居ると深く感じられる瞬間、 私は色の無い世界で総悟だけが色付いている事を知るのだ。 欲望を埋める為に交わされる、本能だけで行う動物的な行為の途中に、 私は今日も下手で陳腐な愛を囁く。










灰色のシネマ
(そうして私は今日も今日とて生きて居る。)