どこまでも深い闇は眠りに落ちても尚俺を支配する。 それは逃れられないこと。人殺しで在る限り。刀を握り続ける限り。 もう恐怖には慣れていた。 眠れない夜に襲う、俺が奪った誰かの家族で恋人だった人間の幻聴も、飛び散る鮮血の夢も、もうとっくに慣れてしまった。 だから今更綺麗で純粋な世界に戻りたいなんて無理な話で、無理なものを望むほどもう子供じゃなかった。 けれどどうして人は自分に無い物ばかりを求めてしまうのだろう。 憧憬も理想も捨てて、忘れたはずなのに、結局中途半端なのか。 俺はずっと夢見ていた世界で尊く生きる彼女を望んでいる。







しゃがみ込んで、泣きたくなるくらい優しい顔をして猫と戯れている彼女を呼んでみる。 するとは振り返って笑い、ひょいっと猫を抱きかかえて俺の方へ寄ってくる。 俺の声に反応して、俺の元へ寄って来てくれる彼女は、確かに俺の中の現実だ。 現実だってちゃんと分っているけれど、時々分らなくなる。 時々俺は「不確か」になる。 その度、拭いきれないくらいに溢れるどうしようもなく情けない感情。




「ねえ総悟、この子のおなか触ってみて」




は楽しそうに笑って、ふわふわだよ、と俺にだらっとした猫を向けた。 無い物強請りな人間は、欲するものに手を伸ばす。 俺は猫には触れず、の手をそっと掴んだ。 そのせいで猫を支えていた手は離れ、「あ」との声が零れる。 俺は猫には目もくれず、の手をただ握って温度を確かめた。 「不確か」になった、虚ろな俺を現実へ引き戻して「確か」な存在にしてくれる温度だ。 きゅっと握った手に額を乗せて俯く。




「…どうしたの?」




心配そうな声が柔らかなトーンで響いて落ちてくる。
ああ、このどうしようもなく情けない感情をなんと言ったらいいのだろう。
このどうしようもない俺に今満ちる感情はただ、




が、」
「…ん?」




好きだから、ただ、愛しいから。そんなこと言えずに結局飲み込んだ。
なあに、と優しい声は尋ねる。地面に敷かれたの影がそっと動いた。
俺が握っていない方の手でぱらりと落ちた髪を耳にかける。
その繊細な仕草一つ一つが、優しく落ちる声の一つ一つが、虚ろになった俺に愛を説く。
それがあまりに温かく、俺には勿体無いくらいに尊く感じて、溢れる。




「……泣いてるの?」




の温度が俺を包み込む。大丈夫だよ、と囁く声が愛しかった。
が俺を赦すから、いつまでだって無い物強請りで生きていられるのだと気付いた。
暗く血生臭い襲い来る夢から引きずり出してくれる手があるから。
虚ろになった自分の存在が彼女によって確かなものになっていくのを感じながら、
さっきの猫はどこへ行ってしまったのだろうかとぼんやり考えた。









野良猫が見た白昼夢
(僕の存在理由は君がもってる)