「ごめんねえ、総ちゃん」
「まったくでさァ」





足を捻ったさんを背中におぶって、何度目かのやり取りをしながら屯所への道を歩く。 さんは俺の背中で恥ずかしいと言いながら苦笑いした。 俺だって恥ずかしいですぜと言うと、そうだねと笑った。これも何度目かのやり取り。 人通りの多い歌舞伎町を通ってきたときはさすがに視線が痛かったけど、 今はそこも抜けて靴音が響く静かな通りを歩いている。 しばらくの沈黙。靴音と近くを流れる川の音、遠くを走る車の音。



「ねえ総ちゃん」
「なんですかィ?」
「しちゃいけない恋愛って、あるのかな」



それは唐突な質問だった。
背中でさんがどんな表情をしているのかは見えなかったけど、 俺は少し考えてすぐ土方さんのことか、と思った。
土方さんの隣で綺麗に笑うさんを思い出す。
俺の首に絡まっている彼女の手が固く握られた。



「好きになっちゃいけない人なんて、いないよね」



さんは俺の肩に顔を埋めて小さな声で言う。 誰に何を言われたとは言わなかった。だけど土方さんに何か言われたんだろうと思う。 さんに想われることを拒んだということか。 自分がいつ命を落とすかわからないからなんだろう。 あの人はいつもそうだ。冷酷に見えて誰より他人を気遣う。 そういうところもまた気に食わない。 さんは想われているのだろうけど、 俺はそれを教えることなく噛み砕いて、そうですねェとどちらとも取れない返事を返した。 さんが俺の首にぎゅっとしがみつく。



「総ちゃん、足痛いよ」



ずっ、と弱々しく鼻を啜ってさんは言った。
さんが顔を埋める肩にじわりと涙が染みたけど、
俺はそれに気づかない振りをして「もうすぐ着きますぜ」と 少しだけ遠回りの道を歩きながら嘘をついた。









涙の理由なんか知らない
(知らない振りくらい簡単だ)