水を触ったせいで冷たくなった手に息を吐きながらキッチンから戻ると、 ソファはごろりと寝転がった総悟に占領されていた。 いつもの妙なアイマスクはつけないで、彼は静かに目を閉じていた。 私は寝室から毛布をとって来てゆるやかに寝息を立てる総悟にそっとかけてやると、 ソファをうしろにして床にひざを抱えて座る。 小さな音でテレビをつけて、あちこちチャンネルを変えてみる。 どの番組も惹かれるものはやってなくて、結局天気予報に収まる。 どうやら明日は晴れるそうだ。絶好の洗濯日和。それなら布団でも干そうか。 冷たい手を握ったり開いたりしていると、ふと冷蔵庫の中を思い出す。 せっかく天気がいいなら明日は買い物にでも出かけようか。


最近の総悟はよく食べる。そしてよく寝る(つまり本能のままに生きているのだ)。 総悟が私を訪れるのは毎日じゃなくて時間ができたときだけなんだけど、いつ来るかは分からない。 冷蔵庫が空だったりしたら困るし、せっかく来てくれたのに何もないから帰ってなんて言えるわけない。 やっぱり明日は買い物に行こう。 そう決めたところでちょうど天気予報も終わって、 どうせ天人のことばかりなんであろうニュースを流し始めたテレビをプツンと消した。


それと同時にトン、と背中に何かがぶつかった。 振り返るとそれは総悟の手で、私はその手をそっと握る。 たくさんのものを護るために刀を握るその手は大きくてあたたかい。 いとおしいな、と思う。 静かに流れる空気の中で彼の手の温度を感じていると、その手がぴくりと動いた。 私は起こしちゃったかな、と思ってあわてて手を離して、総悟の色素の薄い髪を撫でた。 すると彼の目がゆっくりと開かれて、その目は大あくびのあとで私を捉える。





「…起こしちゃった?」



総悟は寝起きのぼんやりとした顔でもう一度大あくびを落として、
体を起こすとぐぐっと伸びをした(その様子がまた可愛い)。



「帰る?」
「…めんどくせェ」
「じゃあもう寝る?」



そう問うと総悟は「んー」となんとも言えない返事をしてまたあくびをした。
どうにも眠たそうな顔が可愛くてそっと手を伸ばして髪を撫でると、総悟はなぜだか笑った。



「…なに?」
、なんかいいことでもあったかィ?」
「ええ?」
「幸せそうな顔してる」
そう言われて自分が無意識に笑っていたことに気づく。
「だって、総悟が猫みたいだから」
「猫?」
「可愛いなって思ったの」





ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやると、総悟は急に私の唇をぺろりと舐めた。
急なことにびっくりして対応できないでいると、今度はぐっと呼吸を奪われる。
やわらかい、あったかい、気持ち良い。総悟のキスはすき。すごく。
そっと唇が離れると、総悟はまたぱたんとソファに寝転んだ。





「あ、ちゃんとお風呂入ってから寝て」
「めんどくせェ」
ごろりと私に背を向けて寝返りを打つ。
総悟は一度ソファに寝転ぶとなかなか起き上がらない。
「総悟、ほら起きて」



ぐっと総悟の両手を引っ張って起き上がらせようとすると、
逆に私が引っ張られて総悟に覆いかぶさる形で倒れこんだ。
ぱちっと目が合う。いつもそれが合図。

重なった唇は深く深くを求めるように。
総悟の大きな手は私の髪をかき回してするりと腰の方まで滑っていく。
何度もキスを繰り返しながら、溶けていきそうになる思考の隅で総悟は甘い味がする、とぼんやり思った。












リアリストの絵空事
(あなたの手で、私は息の詰まる現実から抜け出すの)