カラン、と沖田さんの下駄が固い地面を引きずった。私は彼の斜め後ろを歩いている。
沖田さんはカラン、カランとゆっくりゆっくり歩きながら音を響かせる。
私はだんだんと沈んで行くあったかい色をした夕日が沖田さんの影を長く長く作っていくのを見ながら、
彼が確かにここに在るということを噛み締めていた。
今日は比較的体調が安定していたために外へ出るのを許可された彼の付き添いとして、
私も見慣れた風景の中を彼と歩いていた。私は毎日毎日沖田さんのそばにいた。
真っ白な布団の上で横になっている姿ばかりを見るようになってから、ずっとずっと。
寝転んでばかりじゃつまらないだろうから、
私は怪談話や季節の花の話などをいっぱいいっぱい頭に詰め込んで沖田さんに話した。
土方さんがどうとか近藤さんがどうとか日常的な真選組の話をしてしまうと、沖田さんが
自分がその日常に加われないことに苛立ちを感じてしまうのではないかと思い、
私はなるべく日常に関係のない話ばかりを彼にしたのだ。
だけど散歩に出てまでそんな関係のない話ばかりをするわけにもいかなくて、
会話は自然となくなってしまい、お互い無言で歩き続けている。
夕焼けに染まる町は、沖田さんの目にどんな風に映っているのだろう。
私は見慣れていても、沖田さんにとってはずいぶん久しぶりに見る風景だろうに、それを彼はどんな表情で見ているのだろう。
そんなことを知るのが怖くて、私は彼の斜め後ろから背中を見ていることしかできないでいる。
心地よく響く下駄の音を聞きながら。
もう少しで沈みきってしまいそうになる夕日を気にして、
そろそろ帰りましょうかと声をかけようと迷っていると、沖田さんの下駄の音が止んだ。
それと同時に、彼がゆっくりと振り向く。
「」
沖田さんは斜め前から私に向かって手を差し出していた。
名前を呼ばれたことから、彼は私に隣に来いと言っているのだなと理解する。
私は早足で彼に駆け寄り、差し出された手に自分の手を重ねる。
その手はあったかくて、でも細くて、私は泣いてしまいそうになった。
「そろそろ帰らないと、みんな心配しますよ」
泣きそうになったのをごまかすようにそう言うと、沖田さんは何も言わずに手をつないで歩き出す。
沖田さんはわかっていない。真選組にどれだけ自分という存在が重要であるかを。
そして私にとっても、どれだけ大切で失いたくない存在であるかを。
私は綺麗で上手な言葉をあまり知らないから、自分の感情をそのまま言葉で伝えることはできなくて歯痒いけど。
今私の手を握っているこの手は、とてもあたたかくて優しいのに。
いつか、それも近いいつか、この手を失くしてしまう日がくるだなんて、そんなの。
怖くてたまらなくなった。たしかに、たしかに隣に在る存在は、沖田さんは、どうしてこんなにも曖昧なんだろうか。
いつからこんなにも曖昧になってしまったのだろうか。
真選組が、私が、彼を深く深く想うことは彼の存在をすこしでも長くこの世界にとどめておく何にもならないと言うのか。
だったら私が、私のほうがこの世界に必要なかったと思うのに。どうして彼なの。どうして私が代われないの。
彼を失うのが怖くて怖くてたまらない。
「泣くな、」
ぎゅっと強く握られたこの手の温度を、私はいつまで記憶し続けていられるのだろうか。
ピアニッシモ
(お願い、お願い、行かないで)