「わたし、嘘をつく人はだいっきらいです」





ごろごろ氷の入った冷えたアイスティーに、 同時に届いたガムシロップとミルクをあるだけ全部投入してストローでカラカラと混ぜながら、 向かい側に座るが俺の目も見ずに言った。 カラカラカラカラと氷が鳴る音すらも不機嫌に聞こえて、 氷が回るグラスの中に視線を落としたの顔はまるで子供のように分かりやすく不機嫌な顔をしている。 透き通る色をした涼しげなストレートティーはミルクを溶かしてあっという間に向こう側の見えない柔らかな色になり、 は数秒それを混ぜ続けると飽きたようにストローを手放してぽすっと背もたれに体を預けた。 昼下がりのファミレスは昼飯時に比べれば幾分落ち着いてはいるが、 少し遅めの昼食をとる者や休憩をとり楽しく談話する者たちで十分に賑わっている。 俺は無糖のホットコーヒーからまだ湯気が漂うのを視界の端に置いて、まさにへの字に曲がったの口元を見守る。

「…仕事って言ったのに」
分かりやすく不機嫌な口元は分かりやすく不満を口にする。





「嘘なんかついてねえ」
「……うそだよ」
「なんで俺が嘘ついてまでお前との予定キャンセルするんだよ」
「しらないよ、でもだって、あんなきれいな人と食事するのが仕事なわけないじゃん」





そんな都合のいいお仕事あるわけありません、と言うとはまた口を尖らせる。 は年上である俺に対して付き合う前から敬語を使っていた癖が抜けず普段は敬語で話すことが多いのだが、 感情が昂るとつい敬語じゃなくなるところがある。その曖昧な言葉遣いを、俺はこんな時であるが少し愛しいと感じてしまった。 が怒っている理由はとても簡単だ。 昨日、彼女が最近始めた料理の腕が上達してきたのでなにか夕食を振舞ってくれるとのことだったので、俺は夕方彼女の家に行く予定だった。 しかし昨日は近藤さんに別の仕事が入り、近藤さんが行うはずだった予定が 俺のところの回って来たためにとの約束を延期することになってしまったのだ。 その予定というのは、お偉いさんの娘に江戸を案内し、美味しい店を紹介するというものだった。





「あれも仕事の一つなんだよ」
「…真撰組にはあんなきれいな人がいるんですか」
「あれはたまたま江戸に遊びに来てたお嬢様ってやつだ、金持ちの」
「あんなきれいなお嬢様………土方さんのすけべ」
「なんでだよ!」





江戸を歩いていた時、偶然にもそのときちょうど買い物を済ませていたらしいとばったり会ってしまった。 はたから見れば、小奇麗な着物を着た女と歩いている俺は確かに仕事をしているようには見えなかっただろう。 驚いて目を丸くしたにその場でフォローをすることは出来ず、俺はまるで浮気が見つかった男のように バツが悪く目をそらして、隣に立つ女に愛想笑いで案内を続けた。 帰ってすぐに電話をかけたものの出てもらえず、今日の朝再びかけてみれば、会う約束を淡々と告げられて今に至る。 は氷が溶けてきて汗をかいたグラスを手前に引き寄せ、ストローを加えて甘ったるそうなミルクティーを飲んだ。 何口か飲むとストローから口を放し、「吸えば」と不機嫌な声で言う。 無意識にコツコツと右手の人差指でテーブルを叩いていた俺の仕草に気付いたらしい。 俺は悪ィ、と一言謝って、隊服の内ポケットから煙草とライターを取り出して火を付けた。 自分の身に馴染んだその行動に、すうっと気持ちが落ち着いて行くのがわかる。





「あの人とは何もねえよ、ただの仕事」
「もうべつに、疑ってるわけじゃないんです」





「仕事って言うことは土方さんの話を聞いて分かったから」
そう言いながらはテーブルの隅にあった灰皿を俺の前に差し出してくれた。
俺はそこに灰を落として、空いた方の手で少し冷めたコーヒーを飲んだ。





「わたしはただ悔しかったんだもん」
「…何が」
「あんなきれいな人と土方さんがお似合いだったから」





ストローの入っていた紙の袋を指先で弄りながらいじけているようなに、 俺は彼女がただ単に妬いていたのでは、と理解して「は?」と半笑いのような表情で聞き返してしまう。 それに気付いたが「むかつく」と呟いて自分の手元に視線を落とす。






「っていうか、最初っから言ってくれればよかったのに。仕事が入ったから行けなくなったなんてぶっきらぼうに言われてさ、 町で会った時だってなによ、目そらしちゃってさ、やべって顔してたもんあれは、やべーよ見つかっちゃったよって顔だったもん。 なによ。なによなによなによ。土方さんのくせに!土方さんのばーか!しんじゃえ!」





息継ぎもそこそこに一気に不満をこぼすと、 むっとした顔のまま俺の前にあったコーヒーのカップを掴んでぐいっと一気に飲み干した。 は砂糖も何も入っていないコーヒーが飲めない。 ぷはっと息を吸ったは案の定、眉間に皺を寄せて顔をしかめ、苦いよ、と情けない声でこぼす。 が一気にこぼした不満に反論したり謝ったりするよりも、 そのまったく意味のわからない不可解な行動に俺は思わず笑ってしまった。





「なんなんだよお前は」





今度は口直しとでも言うようにごくごくと一気に自分のミルクティーを飲み干して、はふう、と息をつく。 おそらく我慢していたのであろう不満を一気にこぼしたせいか、心なしかすっきりした表情になったように思える。 俺は特になにか言おうとは思わない。今自分の中にはを受容する感情しかないように感じた。 は普段、あまり感情を表に出す方ではないので、こんなにも素直な彼女は少しめずらしかった。 俺は感情に素直な彼女を見て、どこかうれしく思っているのかもしれない。 落ち着いたは相変わらず視線を手元に落としたまま、独り言のようにつぶやく。





「料理うまくなったんですよ、わたし」
「うん」
「毎日いろいろ練習してるの」
「うん」
「毎日煙草吸って、ブラックコーヒー飲んで、マヨネーズ食べてる生活は不健康ですよ土方さん」
「うん」
「……しんじゃえなんてうそだよ、しんじゃやだよ土方さん」





うん、と相槌を打ってやるとはやっと落ち着いたようで、今日初めて俺と目を合わせた。 支離滅裂だなと笑うと、はやっぱり子供みたいにむっとする。 俺は煙草を揉み消しながら、今日は仕事を早く終わらせての家に行けるようにするからと伝えると、 は本当に?と口を曲げながら言うから、本当にと念を押して笑った。





「思春期の女子はまったく難しいな」
「わたしもう二十歳です!」











背伸びしたリップグロス
「昨日は何を食べたんですか?」 「ああ、懐石料理」 「………」 「……わかった。今度連れてくから」