石ころの上にうっかり乗り上げてしまったときから、漕いでも漕いでもいやに進むのが遅い。 嫌な予感がして道の隅っこに止まり、自転車の後輪を見てみると予感は的中。ぺたんこにパンクしていた。 私はため息をついて自転車から降りてそのまま引いて歩いて行くことにする。 今はあたたかい光であたりを包んでいる太陽は、家に着くまでにどれだけ傾いてしまうだろう。 まあいいや。どうせ帰ったってやることなんかない。ゆっくり歩いていこうじゃないかと下った心を慰める。 ふと足元を見れば地を踏みしめて進んでいくのは三年間でずいぶんと磨り減った黒のローファー。 身にまとっているのはすっかりくたびれたセーラー服。もうすぐぜんぶさようなら。 冷たい風が頬を過ぎるのをマフラーに顔を埋めてやりすごす。 パンクした自転車を引きながら寒さに震えて家路を歩く姿は可哀想な女の子に違いないのだけれど、 これがセーラー服を着ていることでなんだか可哀想さが緩和されて青春めいてしまうのが制服の素晴らしいところ。 だけどもう少しでそれも手放してしまうことになる。JKブランドさようなら。 てくてくと3年通り続けた道路をまっすぐ歩いていると、後ろから来た自転車がすいと私を追い抜かした。 隣を過ぎた学ランは少し行ったところでキキッとブレーキをかけて振り向く。あ。ひじかた。






「何してんだよ」
「自転車パンクした」




土方は少し先のところで止まって自転車から降りて、私が追い付くのを待っていた。
私が隣に追いつくと、私の自転車の後輪を見て呟く。




「悲惨だな」
「でしょ、歩いて帰るんだよ」
「じゃあ俺も」
「いいよ。はやく帰って勉強しなよ」
「いやおれ推薦だから」





ああ、すいせん。 そういえば土方はとっくに決まってた気がする。そうか推薦か。 「余裕だね」そう言うと土方はまあなと笑いもせずにそっけなく言った。 相も変わらず無愛想な男。 考えてみれば土方とは小学校の頃から同じで、当然のようにいつでも同じ学校に通っていたけれど 大学にでも行けばさすがに離れてずっと会えなくなるのだろう。そう考えたら不思議だった。 ずっと知っていた土方も学ランを着なくなったころにはきっとどんどん知らない人間になってゆく。 世の中は時々ひどく残酷だ。





「沖田はどっか違う県に行っちまうんだとよ」
「……しってたよそんなこと」
「もうやめとけ、あんなやつ」
「土方こそ。 もうやめとけ、こんなやつ」





てくてくと順調に歩む磨り減ったローファーを見ながら言い返すと 土方はそうきたか、と何とも思ってないふりで呟いた。 切ないばかりの高校生が二人こうして歩いていても、 通り過ぎていく車の中の人からは初々しい高校生カップルにしか見えていない。 左側に自転車を引いて歩く私と、右側に自転車を引いて歩く土方。 すぐ隣には肩がある。高い土方の肩と私の低い肩が触れ合うことはなく、 隣にいるのに絶妙に出来た距離感は、はたから見たらきっと微笑ましいに違いない。 皮肉なことだ。制服の魔法はいつでも立派に効力を発揮する。





「報われないねえ、お互いに。」
「お前が言うな」





日が暮れていく。今日もまた残り少ないJKライフがいっこ減った。











消えゆくばかりのグッバイ
(ちなみに隣の土方の学ランライフもいっこ減った。)