「お前煙草なんか吸ってたの?」 鍵をこじ開けた屋上でひょいと乗り越えられてしまいそうな柵に腕をかけて なんの面白みもない見慣れた町を見下ろしながら喫煙しているところに 声を掛けられて振り向くと、土方が軽く驚いた顔をしながら近づいてきた。 こいつは真面目そうな生活をしながら、教師や他の生徒を欺いて実は平気な顔して ぷかぷか煙草をふかしてやがるような野郎だったから、どうせまたここに煙草を吸いに来たのだろう。 慣れない手つきで指に挟んだ煙草から灰が風にさらわれていって、 なかなか吸い切れないこの一本を持て余しながら、再び町を眺めて「吸わねェよ」と嘲るように答えた。 土方は隣に来て俺とは逆に柵に背を預け、予想通り制服のズボンのポケットから煙草の箱を取り出した。 俺のとはまた違った銘柄のものだ。 「吸ってんじゃねェか」 笑いながら、流れるように慣れた手付きで煙草を銜えて火をつけた。 俺は隣でライターを一度捻っただけで簡単に火をつけた土方が腹立たしかった。 慣れないことに手間取って、吹く風を避けながら、初めてコンビニで買った安いライターを 何度も捻ってようやく火をつけた自分がひどく幼く惨めなものに思えた。 一口目を吸いこんだときはうまくいかなくて、煙を飲み込んでしまったりしながら咳き込んで、いまちょうど、吸い方を覚えられたところだった。 それでも少しも美味いとは感じない煙草は、俺の指の間で風に吹かれてじわじわと長さを縮めていく。 隣ですっかり出来た形でうまく煙草を吸う土方が悔しくて、 俺は涼しい顔でたいして吸いたくもない煙をついさっき覚えた吸い方で吸い込んで、吐きだす。 鼻を掠める俺の吐きだした煙に、この煙草を吸っている彼女を思い出しながら、不格好に。 「煙草なんてものァ、百害あって一利なしだそうですぜ」 「あ?」 「さんが言ってた」 不思議そうな顔をした土方が思い出したかのように「ああ、先生か」と呟いた。 その「先生」はいつだったか保健室で授業をさぼっているときに、 煙草がうまいのかどうかと言う純粋な質問をした俺に、 そんなものは百害あって一利なしなんだから絶対吸っちゃだめよと言っていた。 総悟くんには長生きしてほしいから、と笑ったくせに、この間彼女が家に来た時洗面所に煙草が置き忘れてあった。 俺が今吸っているのはその彼女が置き忘れていった煙草だ。 裏切られた気分だった。俺は彼女が煙草を吸っていることなど知らなかった。 「さんって、お前まだ先生のこと、」 「ただの遊びでィ」 「結婚してんだろ?あの人」 「だから遊びだっつってんだ」 「……」 「本気になんてなっても無駄なだけだ」 土方はしゃがみこんで俺の足元にあった、飲み干したコーラの缶の中に煙草の灰を落とした。 それからまだ長く残る煙草を口の端に銜えて立ち上がり、俺の指に挟まっていた煙草を取り上げて缶の中に落とす。 土方を見ると、すべてわかっているかのような、悔しいくらい煙草の似合う大人の表情をしていて、それがひどくむかついた。 どこまでも子供で惨めな自分が浮き彫りにされるようで顔を伏せる。 「もっとうまくやれよ、総悟」 「うるせェ」 「やめる気は」 「……ねェよ」 どこまでも余裕に煙草をふかす土方は、また独り言のように「うまくやれよ」と呟いた。 (沖田と土方は同級生なので敬語は無しで。) |