「土方さん、ちょっといいですか」



電話しているのを知っていて、内容も半分くらい聞いてて、わざと声をかけた。 土方さんは頷くことで私にわかったと合図をし、 電話の相手に後でまたというようなことを言って電話を切った。 「悪いな」そう言って来た土方さんに 私は電話なんてなにも聞いてなかったという素知らぬ顔をして、笑った。「いいですよ」



「何があった?」
「先ほど取引先のほうから連絡がありまして。すぐにかけ直すよう言っておきましたのでお願いします」


にこりと社会人になってから学んだ愛想のいい笑顔を貼り付けて言った。 土方さんはわかったと短く言ってコツコツと足早に歩いていく。 私は歩くのが遅いために小走りで土方さんの背中を追う。 すると土方さんは少しだけ歩む速度を緩めてくれて、私も少し速度を緩められてほっとした。 土方さんは、優しい。



「彼女ですか?」
「え?」
「さっきの電話」
「いや、ああ」
「どっちですか」
あはは、と笑うと土方さんはまあなと結局どちらとも取れない返事をした。
「いいですよ別に、隠さなくたって」
そして付け足す。彼女との電話、お邪魔してしまいましたね、と。

「でも土方さんにはいっぱい女の人がいるんですよね」
「…なんだそれ」
「沖田さんが言ってました。土方さんは毎日違う女と朝を迎えるって」



コツコツと床を叩いていた靴音はエレベーターの前で止む。
土方さんは矢印が上を向いたボタンを押して、私は土方さんの隣に立った。
「沖田の言うことは信じるな」
1階にあったエレベーターがここ20階まで上がってくるのを示すライトが光るのを、土方さんは見ていた。
私達が働いているのは24階。 4階くらい階段で上っていけばいいのに、とか思いながら私はそんな土方さんを見ていた。




「嘘なんですか?」
「あいつの言うことの大半は嘘だ」
「TPOに合わせて女を変えてるって言うのは?」
「嘘に決まってんだろ」
「媚薬の発明家だって言うのは?」
「嘘だ」
「ラブホのベッドを回し始めたのは土方さんだって言うのは?」
「嘘だ。馬鹿だろお前」
「馬鹿じゃありません。じゃあ彼女が見るに耐えない不細工だって言うのは?」
「…お前それは笑えねえぞ。嘘に決まってんだろ」


「やっぱりいるんですね、彼女」
「……沖田に聞いたんじゃねえのか」
「いえ、最後のは私が作ったものです」
要するに鎌をかけたのです。

「エレベーターきましたよ、土方さん」

土方さんはなにか言いたそうな顔をしたけど、 私はそれに気付かない振りしてドアの開いたエレベーターを指した。
エレベーターに乗った土方さんはドアを開けるボタンを押したまま私を見て言う。「乗らねえのか」


「ねえ土方さん、今日は私と朝を迎えませんか」



土方さんは目を見開いた。
重そうな書類の束を持った社員の人が乗りますと言いながらエレベーターに乗った。
社員の人はドアを閉めない土方さんとエレベーターの前にいながら乗らない私を怪訝そうに見る。



「嘘ですよ、土方さん」



私はにこりと、社会人になってから学んだ、愛想のいい笑顔を貼り付けて言った。
土方さんの驚いたまま固まってしまっていた表情がため息とともに崩れて、エレベーターのドアが閉まった。
とりあえず私は土方さんと違って若いので、階段で4階まで上っていこうと思う。






(中途半端!でも一度やってみたかったオフィスネタ笑。土方さんはスーツも似合うはず)