「うん?」



さっきまでソファで寝ていた銀ちゃんがいつの間にか起きたのか、 わたしは名前を呼ばれて洗濯物をたたんでいた手を止めた。 わたしを見る銀ちゃんはなんだか泣きそうな顔をしていた。 何かを乞うような、何かを恐れているような。 そんな悲しくて寂しい目をした銀ちゃんは、ただぼんやり、もう一度わたしの名前を呟いた。 わたしは膝の上に乗せていた洗濯物をどけて、膝と手で歩いて銀ちゃんに近寄った。 「どうしたの?」尋ねてそっと髪に触れる。 銀ちゃんはなにも言わない。ぽんぽん、と軽く頭を撫でてみる。 銀ちゃんは時々こうやって空っぽになる。 きっと奥深くの、だれも触れられない部分で未だ拭えずにいる過去がふとしたときに彼を蝕むんだと思う。 その過去が夢にでも出てきたのか、銀ちゃんの心を虚ろにさせた。 わたしは彼の過去をよくは知らない。けれどこんなご時世、みんな何か背負ってる。 わたしがすべきことは彼の過去の話を聞いてあげることじゃない、 空っぽになってしまった心を再び満たしてあげること。



「…」「うん、」
頭を撫でていない方の左手で銀ちゃんの手を握る。大きな手は少しだけ震えていた。
小さく小さく、震えていた。
ああ、銀ちゃんはまだこんなにも痛みを背負っているんだなあ。


「こわいね」
わたしは立膝で、ソファに座る銀ちゃんに腕を伸ばしてぎゅうっと抱き締める。
悲しいときには心臓の音を聞くと落ち着くってだれかが言ってた。
わたしの心臓が血液を送り出す、その音が銀ちゃんを静かに癒すなら。

「かなしいね」
銀ちゃんの腕がわたしの背中を引き寄せて縋るように抱き着いてきた。
わたしの肩に顔を埋めて、銀ちゃんはひたすらに震えた呼吸を続けていた。
肩に伝わる、じわりじわりと滲みる。
震えた呼吸の合間に、銀ちゃんはわたしに涙と一緒に言葉を滲ませた。
銀ちゃんが閉じ込めてきた痛みのすべてを、わたしはただ受け入れる。






「ごめんな、」










無酸素症候群
(ああいつまで謝り続ければ、この人は解放されるのだろう)