仕事を追えて依頼先からの帰り道、を見つけた。 は俺が面倒事の起こりそうな真選組屯所の前を通らないようにするために避けた道を曲がっていく。 いつもと雰囲気が違った。 花屋で働いている彼女はいつも髪を下の方で左右二つに結って、 動きやすいようにとTシャツと半ズボンを穿いている。 けれどさっき見たは綺麗に着物を着ていて、ふわりと巻いた髪を下ろしていた。


「最近土方さんに女が出来たようでねェ」と一昨日会った沖田君が言っていたのを思い出す。 いやまさか、ありえねーって。多串くんはないわ、うん、ないない。 自分で自分をフォローしながら距離を置いてそーっとのあとをつける。 ストーカーとかじゃないから。ちょっと気になるだけだから。 自らを正当化させるための言い訳をたくさん呟きながら。
無駄に早く高鳴る心臓を抑えながら様子を見ていると、 はなんとも最悪なことに屯所の中へ入っていった。 「最近土方さんに女が出来たようでねェ」 嫌なことばかりを予感させる沖田君の言葉が再び反芻される。 いやだからそれはじゃねーって沖田君、だって多串くんだぜ沖田君、ありえねーって沖田君。




……あんなに綺麗に着飾ったが、あの土方の前で咲くように笑うのか。
あの土方の前で今日会ったことなんかを笑いながら話すのか。
あの土方の前でちょっと照れちゃったりなんかするのか。
あの土方の前で誰にも聞かせたことないような声で鳴いたりするのか。
あの土方の前で恥らいながら足開いちゃったりなんか、




「しないってェェェェェ!!!!」




ガツーン!と電柱に頭をぶつけて考えを振り払う。
なに後半の妄想!!なに俺イヤラシーこととか考えてんの!!!
つーかだからありえねーって何回言わすんだよ!!







「じゃあ、また明日お伺いします」



の声が聞こえてはっと我に返る。
屯所から出てきたは花束を抱えていた。
え、なに、もしかしてプロポーズとかされちゃったとか?
明日お伺いしますって明日改めて嫁入りのあいさつに来る的な?

気付いたら俺は慌ててを追いかけていた。




!!」




歩いていこうとするの腕をがしっと掴んで振り向かせる。
振り向いたはとても驚いた顔をして俺を見た。




「銀ちゃん!どーしたの?」
「お前、何であんなとこ行ったの」
「え?」
「真選組なんかに何の用だよ」




ついキツイ言い方になった。
はガサッと花束を抱えなおして、口を開こうとした。
が、途端にの口から何がこぼれるのかが怖くなって俺は彼女が何かを言う前に口走る。




「多串くんに会ったんだろ」
「…土方さんのこと?」
「そー。その土方さんに会ったんだろそんな可愛いカッコしていいねー多串くんも隅におけねーな」
「なに言ってるの、銀ちゃん、」
「花束なんか貰っちゃってさープロポーズでもされましたかお嬢さん」
「ちょっと銀ちゃん」




は眉を顰めて自分より少し背の高い俺を上目遣いで見ていた。怪訝そうな表情。 やべ、余計なことまで言い過ぎたか。 余計なことまでペラペラと口走ってしまうのはが他の男のものに、 それもよりにもよって土方のものになることが耐えられないからだ。 奪ってしまいたい、こいつを自分のものにしたいという欲求が溢れて、半ば乱暴にを抱きしめた。 ばさっ、と彼女の抱えていた花束が落ちる。




「銀ちゃ、」
「俺にしろ
「……え?」
「もっとデッケー花束用意して、恥ずかしいプロポーズだってしてやっから」




だから土方なんかやめて俺にしろ、と抱き締めた耳元で呟く。 抱き締めたは思ったよりずっと小さかった。 髪はふわりといい匂いがして、いつも花屋で働いている様子を 見ているときには感じなかった女を感じた。 腕の中のは俺の背中にそっと手を回して、小さな声で銀ちゃん、と呼んだ。 彼女が拒否する言葉を零したらどうしようかと不安が顔を出したけれど、彼女を放すことは出来なかった。 が欲しいと強く強く思う。




「ねえ、銀ちゃん」
「………」
「私、土方さんと付き合ってなんかいないよ?」
「………へ?」
「土方さんを好きなわけでもないよ?」




・・・・・・・・・

いや、ちょっとまて。

抱き締めていたを放してがっしりと両肩を掴んだ。




「じゃあなんで真選組なんかに来たんだよ」
「お花屋さんとしてだよ。新しく入ったバイトの子が配達する花束を間違えちゃって」
「…この花束は?」
「その間違えた花束。店長に出かけるついでに取りに行ってって頼まれたの」
「……プロポーズ、は」
「もちろんされてないよ」
「また明日お伺いしますって言うのは!」
「お花の注文いただけたから、明日お届けしますってこと」




沖田くんんんんんんん!!!!!!!!
紛らわしいこと言うんじゃねえよォォォォォ!!!
んだよ勘違いかよチクショー!!!!




「なんだよ…」




はーっと長いため息をついてがくっと膝を折りしゃがみ込む。
一方的な勘違いだったということに一気に押し寄せる恥ずかしさを隠すように俯き、頭を抱えた。




「銀ちゃん?」
もしゃがみ込んでひょこりと俺を覗き込む。
「ちょっ、見ないで今の銀さんメッチャ恥ずかしいから見ないで」




やり場のない恥ずかしさに穴があったら入りたいと切実に思う。
ガシガシと頭を掻いた俺を見て、がふふ、と笑ったのが聞こえた。
顔を上げるとが見たこともないくらい優しく、初めて見る表情で笑っていてどきりとした。




「銀ちゃん、私のことすきなの?」




今度は悪戯な笑顔でそう言って、少し首を傾いだ。 ちくしょう、かわいい。 照れくさくて視線を逸らし、頭を掻きながら「まあな」と言った。は「私も」と言った。 え?と思わず聞き返してを見ると、ははにかんだような笑顔で言う。 「私も銀ちゃんすき」 その笑顔がたまらなく可愛かったから、思わず顔を寄せてキスをした。 は大きく目を見開き、やっぱり笑った。 の落とした花束から風で花びらが何枚か連れ去られていった。 一生忘れない夏の夕方のこと。









「そいえばじゃあ何でそんな着飾ってんの」
「え…銀ちゃんに会いに行こうと思ってたから」


夏色アイロニー
(お前絶対イイ声で鳴くのも足開くのも俺の前だけにしろよ!)