「もうすぐ春、だね」





お菓子の詰まった袋をガサガサと揺らして、わたしは銀のななめ前を軽く弾みながら歩く。 春だね、なんて言ってるけど、はーって吐く息はまだ真っ白だ。 いま歩いてる並木道は春になると淡い桜色がひらひらと降る。 立ち並ぶ木を見上げても今はまだ風で寂しく揺れているけれど、 この木の中では花を咲かせる準備が着々と進められているんだなあと思うと胸が躍った。 寒そうな木を仰いでいると枝の間から真っ青な空が眩しくて、冬は空が綺麗だなあと思って自然と笑みがこぼれた。 そうして上ばっかり仰いで歩いていると、耳あてをした向こう側の世界から銀の声が聞こえる。「転ぶぞー」 わたしはその声も聞こえない振りをして歩き続ける。 だって空はこんなにも青く澄んでいるというのに、見ないだなんて勿体無い。 一瞬だって目を逸らすのが惜しい気がしてくるんだ。空はいつだって視界にあるのだけど。






「うわっ」





がしっと頭を掴まれたと思ったら、今までぼんやりと聞こえてた周りの音が急にクリアになった。 くるりと振り返ってみると、銀がわたしの耳あてを持ってちょっとだけ不思議そうに眺めていた。 銀はこんなんやって聞こえてんの?と言いながら自分の両耳に当てる。わたしはそれがなんか似合わなくて笑った。 銀はわたしの両耳にふれて、こんなんしてても冷てーなと言う。わたしは銀の両頬にふれて、冷てーなと真似した。





「ねえその耳あて銀にあげるから、今度新しいの買ってね」
「聞こえませーん」
「じゃあ新しい靴買ってね」
「値段上がってんじゃねーか」
「聞こえてるじゃん」
「聞こえてません」





ぐにっと頬をつねってやるとぐにっとつねり返された。
またガサガサとお菓子詰まったの袋を揺らしながら歩いてく。今度は銀のとなりを。
わたしは銀の手にそっと自分の手を重ねて、指を絡める。
それからトン、と頭を銀の肩に寄せて、少しだけ甘えてみた。
なに?と銀は言う。なんとなく。とわたしは言う。





「はやく桜咲かないかな」
「もうすぐだろ」
また少し空を仰いだら、ちゅっと小さく音を立てて銀の唇がキスをくれた。




なーに?とわたしは言う。なんとなく。と銀は言う。









そして春は静かに歌う
(冬をゆっくり飲み込んだそのあとで)