最近さん来ませんね、と新八が独り言のように言った。 俺がジャンプを読んだままそれを無視していたら、喧嘩でもしたんですか?と尋ねられて、するわけねーだろと答える。 そう、喧嘩なんかしちゃいない。特にまずいこともなかったはずだ。 はだいたい一週間に2回くらいは万事屋を訪れていたと言うのに、今週は一回も来なかった。 もう子供じゃないわけだし、お互いがお互いの生活があることを分かっている。の仕事があるんだ。 きっと忙しかったりして、そのうちまたふと訪れるだろうと思っていたが、どうにも落ち着かない。 一週間会えないくらいでなんだ、と自嘲気味に思ってぱらぱらとページをめくるが 大好きなジャンプの内容もまったく頭に入ってこない。新八が呑気に茶を飲みながら 「知らないうちに何かしたんじゃないですか」とか言ってくるから、俺は少し黙って考える。 何か、ってなんだよ。不機嫌な声でそう返すと、知りませんよとしれっと言い返される。





「連絡取ってないんですか?」
「……うるせーな」
「神楽ちゃん、さんに会いたがってましたよ」
「あいつも忙しいんだよいろいろ」
「でも必ず週1は来てたじゃないですか」





そーだ。仕事が忙しいって言ったってきっとあいつなら電話くらいかけてくるはずだ。 実際そうだった。忙しい時には必ず電話をかけてきて、俺が会いにに行くこともあった。 だけど今はぱったりと何の連絡もない。新八はついにジャンプのページもめくらないで固まって黙り込んだ俺を見て、 深刻そうな声で「何か変わったこととかありませんでしたか?」と尋ねてきたから、俺はさらに考えた。 変わったこと。最後にに会った一週間前のことを思い出す。そういえば、少し様子がおかしかったかもしれない。 新八が家に帰って、神楽が押し入れにこもって、俺はソファに寝転がってテレビを見ていて、は食器を洗っていた。 俺はいつの間にかうたた寝をしていて、食器を洗い終えたの手が俺の手に触れて目が覚めた。 「銀時、」と小さな声に呟かれた名前はなんだか弱弱しく聞こえたけれど、 俺はそれよりもの手が氷の様に冷たく冷えていたことに驚いて、その声に応えられずに冷えた手を握った。「お前つめたっ」 「え、あ、水さわってたから」「お湯使えお湯。いつも使ってんだろ?」「うん、そうだね、わすれてた」 ちょっとぼんやりしてて、と笑ったは今思い出せば何か言いたげな顔をしていたかもしれない。いつもと違う笑顔だった。 はそのあと次の日の朝早くから仕事があるから帰ると言って、泊まらずに帰ってしまった。 俺はを家まで送って行ったけれど、その途中は別に変わった様子もなく、いつものように笑っていたから特に何も思わなかった。 でもはあの時、何かを言いたかったのかもしれない。どうしてそれに気付けなかったのだろう。 いったい何を言おうとしたんだろう。





「俺なんかしたか…?」
「何か思い当たることあったんですか?」





まだ呑気に茶をすすってやがる新八に、ちょっと出掛けるわと言って外へ出た。
の言おうとしたことが気になってたまらなくなって、
聞かなければいけないことの様な気がしてならなくなってきたからだ。











の住むアパートまで来たけれど、彼女はまだ帰っていないらしくドアが開かない。 ポケットに手を突っこんだが合鍵が無い。置いてきてしまったらしい。 仕方なく階段を下りて、アパートの前に止めた原付のそばに座り込んでを待つ。 近くの公園から高く伸びている時計を見たら夕方の五時前だった。 仕事で、帰ってくるとしたら八時は過ぎるだろうと思いながら一旦帰って鍵を取って来た方が利口だろうかと考える。 なんかそれもめんどくせェな思って結局座り込んだままでいると、 どれくらいそうしていたのか、ふと「銀時?」との声が聞こえた。よいしょと立ち上がって見た時計はまだ五時半だった。





「え?どうしたの?」
「お前はやくね?」
「うん…仕事休んだから」
「休んだ?なんで」
「……とりあえず中入って、」






すっと俺の横を通ってアパートの中に入っていこうとするの手を掴んで引きとめる。
は泣きそうな顔して振り向いた。「なんかあった?」
訊いてみるとはきゅっと口を結んで少しだけ俯いた。
俺は今にも泣きだしそうな顔をした彼女をそっと覗きこんで冷たい両手を握ってやる。





「ぎんとき、」
「おう」
「赤ちゃんがいるの」







「……は?」





予想外の言葉に俺は一瞬フリーズする。
はついにぼろっと泣きだした。





「赤ちゃんが出来たの〜〜……っ」
「なん、ななな泣くな!落ち着け!お、おおおちつけ!!」
「うー……」
「まっ、ま、ままままじでか!!マジでか!?」





こくん、とは泣きながら大きく頷く。 俺は握っていたの両手を離してがばっと彼女を腕の中に抱き締めた。 味わったこともない感情で体の芯が震えるような気がして、 どうしたらいいのかまったくわからない、 名前も知らない今まで遭遇したこともない感情にうまく対処できなくてただをぎゅうっと抱き締めた。 は突然抱き締められて驚いたのか、泣きやんだように思う。





「ぎ、ぎんとき?」
「マジでか、マジで……」
「いたいよ銀時、」





俺は一旦ぱっとを放して彼女の両肩に手を置く。 まだ泣き顔のはなんだかわからない表情で俺を見ていた。 ふわふわとはっきりしない頭で俺の頭の隅っこに追いやられていた冷静を引っ張ってきて、 整理できないながらに必死にまとめようと、問いかける。





「俺の子だよな?」
「うん、」
「ほんとに?」
「うたがって、」
「疑ってねーけど、確認」
「…銀時の子だよ」





それを聞いてぶわーっと一気に実感が押し寄せて、俺は何とも言えない声を流しながらしゃがみ込んだ。 の腹の中に俺との子供がいる。そう思ったらどうしようもなく嬉しいやら感動やら、 とにかくいろんな感情がごちゃ混ぜになって、それをすべて自分の中に抑えきれなくて全身から溢れてるような気になった。 しゃがみ込んで俯き、小さくなっている俺をが心配そうな声で呼んだけど、俺は顔を上げられない。 するとが同じようにしゃがみ込んで、そっと俺を覗き込んだ。





「……泣いてるの?」
「泣いてねーよ、」





実際、ついうっかり涙が出そうになっていたのを鼻を啜って引っ込める。 初めて襲われる感動の大きさに涙腺まで緩んでしまったらしい。 俺は冷静を鷲掴みにして涙を押し戻し、顔を上げて問いかけるべきことを問いかける。





「なんで黙ってたんだよ」
「え…」
「もっと前から気付いてたんだろ?」
「だって、本当に出来たなんて思わなかったもん、」
「いつ知ったの」
「今日、病院行って…」





は俺から目をそらしてじわりと涙を溜めた。
そしてまた泣き出してしまって、震える声で言う。





「でもこわくて、言い出せなかったの、子供育てるお金だって、ないし、」





俺は涙を拭いながらぐすぐすと泣くの頭を撫でてやって、彼女の指が拭いきれない涙を拭ってやる。





「あのなァ、お前とガキ一人養う金なんかいくらでも稼いでやるよ」





きっとあの時、何かを言いたそうだったはこのことを伝えたかったんだろうと分かった。 あの時からはもう自分の中の異変に気付いていたんだ。それからずっと一人で悩んできたのだろう。 俺のわからないような大きな恐怖に似た不安を抱えながら、一人で。





「だから一人で悩むなよ、頼むから」





は一度首を縦に振って、次から次に拭いきれない涙を流して泣いた。 俺はそんなを抱きしめて、腕の中に収まってしまうの小ささを感じた。 それと同時にこいつを守れるのは自分しかいないんだという実感と強い意志が芽生える。 今まで生きてきた中で初めて味わった幸せの大きさに、ベタだけど、本当に本気で今なら何でも出来る気がした。











幸福論。
(幸せは繊細な音で、鳴り響く)