真昼に一番高く上がった太陽が冬の冷えた空気を縫ってあったかい光を与えてくれる。 きらきらと舞う塵や埃が眩しい。 箒を動かす手を止め、目の前に手を翳して目を細めて空を眺める。 雲ひとつない空はくっきりと青く澄んでいてきれい。いい天気。 そのままぼんやりと暖かな光のおかげで悴んだ手が解けていくのを感じていると、 角を曲がった赤い髪が現れたのが見えた。 ゴミ箱を引きずりながら歩く丸井くんは私などには視線もくれないで、素知らぬ顔して歩いてく。 私はいつの間にかずっと空に向けていた視線を丸井くんに集中させていた。 塵より太陽より空よりきれいに光を溶かす赤いあたまを、私はどこを向いていたって見つけるだろう。

丸井くんはゴミ捨てのために焼却炉へ向かうらしく、 いったん止まってきょろきょろ辺りを見回した後、その辺にいた同じクラスの女の子に声をかけた。 (ゴミ捨てんのってどこだっけ?) それを訊くのが私であったらよかったのに。私に訊いてくれたらよかったのに。 箒を握る手に思わず力を込めて、笑いながら話す女の子を理不尽な理由で妬んだ。 そして彼女でもないのに嫉妬心を抱く自分が気持ち悪かった。丸井くんは私なんか見ちゃいないのに。




なにしてんのー」
「…え?ごめんごめん」




友達に声をかけられて振り向く。 ザッザッと箒を動かして、今まで木々を秋色に彩っていた葉っぱを集め、ゴミ袋に入れる。 袋いっぱいに入った秋を私はどこか愛おしく思った。 そして「捨てに行かなきゃね」と呟いた友人の声に私の耳はぴくりと反応し、 普段そんなに活発に働かない脳はパッと電流を流されたみたいに素早く私に言葉を零させた。「私行ってくるよ」 もちろん私をそうさせたのは脳が焼却炉へ向かう丸井くんをしっかり記憶していたからだ。



過ぎ行く秋を詰め込んだ袋を掴み、早足で焼却炉へ向かう途中の道には ぼろぼろといろんなゴミが落ちていた。 興味のあることに関しては活発に働く私の脳はすぐについさっきの記憶を引っ張り出す。 気だるそうにゴミ箱を引きずっていた丸井くん。 たぶんゴミ箱からどんどんゴミを落としていることに気付かないまま歩いていってしまったんだろう。 私は丸井君の落とした一つ一つを拾いながら歩く。 今朝配られた三者面談のお知らせの紙、ぐちゃぐちゃに丸まった昨日の英語の抜き打ち小テスト、失敗作の紙飛行機。 途中で楽しくなってきてぴょこんぴょこんとうさぎ跳びみたいに跳ねながら拾い集めていくと、 葉っぱの詰まったゴミ袋と紙くずとで、両手がいっぱいいっぱいになった。




「ああ、ごめん」





しゃがんで紙くずをさらに拾おうとしていたところに声が降ってきて、ふと顔を上げる。 太陽がちかりと眩しくて一瞬眉を顰め、手を翳して見てみる。赤い髪。丸井くんだ。 私はとくんと心臓が早く働き始めたのを感じた。 それをバレるはずもないけれど、なぜだか隠すようにぱっと顔を下げて慌てて立ち上がる。 緊張が急に私を固めた。立った瞬間ぽろぽろと私の両腕の中からいくつか紙くずが落ちて、 「おっと」と丸井くんはそれを拾った。 屈んだときに目の前でさらりと揺れた髪に、私は胸の奥が締め付けられるみたいに感じた。 なんてことない仕草だけれどそれが丸井くんのものだと言うだけで心はこんなにも息苦しくなる。 丸井くんは私が落とした紙くずを三つくらい拾って顔を上げ、私を見てふはっと笑った。




「すげー拾ったな」




不意に見せられた、それも私だけに見せられた笑顔にかあっと顔が熱くなっていくのを感じた。 「あ、だって、」うまく言葉が出ない。どもりながら言葉を紡ぐ。 もっと上手に話せたらいいのに。何を言ったらいいかわからない。「丸井くんが落としてったから、」 結局口だけが先走ってかわいくない言葉を投げた。丸井くんは笑ったまま。




「ん。サンキューな」




丸井くんは私が持っていた落ち葉の詰まった袋の方を取って、肩に担いで言った。 あ、と声を零すと丸井くんはその両手のゴミよろしくと笑った。 少し前を歩いていく丸井くんの背中。その背中に駆けていって抱きつきたい。 触れたい。自分のものにしたい。ああどうしよう、私はすごくすごく、この人が好きだ。 なかなかついて行かない私を丸井くんが振り返り、どーした?と声が投げかけられる。 私の体温はどんどん上がる。さっきまでやさしく感じられた太陽の光が今は恨めしい。 冬の冷えて渇いた空気が早く私の頬を冷やしてくれたらいいのに。 なんでもない、と掠れた声で言って俯いたまま彼の後ろをついていく。顔は上げられない。 私はぎゅううっと自分の中で溢れるのを押さえつけられた感情が、 涙として溢れそうになるのを必死で堪えていた。








足跡は残らない
(足音は鳴ってるけれど、)