コツン、コツン、と靴音を鳴らしながら石段を一つ一つゆっくりと上っていく。 小さな山の上にある其処に辿り着くまでの道のりは、なんだか以前来たときよりもずっと長く感じた。 途中、何度か咳が出たけれどたいしたことはなくて、あと少し、と言うところまで上ってくることが出来た。 冬だと言うのに暖かく、天気が良くて、雲が気持ちよさそうに泳ぐ澄み渡った青の空には太陽が高く上っている。 きれいな空気を肺いっぱいに吸い込んで、吐き出す。やっと着いた。 幾つか点在する墓石のうちの一つに歩み寄り、墓前にしゃがみ込む。 私より先に来た誰かが置いて行った花が揺れているのをぼんやり見ながら、誰が置いて行ったんだろうと考えたけれどわからなかった。 ちょうどよく吹く風が私の持っている小さな花束を揺らして花弁を舞わせ、ひらひらと山を下らせた。 自分の花束も新たに挿して、火の消えている線香の横に、ポケットに入れて持ってきた線香をライターで火をつけて置いた。 私は両手を合わせてしばらくの間、傍で鳴いていた鳥が悪戯に其処此処を歩き回って再び空に飛んで行くまでの間、 目を閉じて何を想うでもなく、ただ無心で祈りを捧げた。 それから重い瞼を上げて小さく微笑んで、墓石を見つめながら永遠に消えることのないその顔を思い浮かべる。






「…お久しぶりです、沖田隊長」






随分と久しく声に出していない名前を口にする。 此処に来るといつも頬の傷痕が思い出したかのように痛みを連れる。もう痛む筈などないのに。 あと一月ほどすれば、私は沖田隊長と同じ十八になる。けれど私が隊長と同じ歳になって、 隊長が見せてくれた世界を隊長と同じ角度から見ることが出来るようになるまで、真撰組は在ってくれるだろうか。 最早それすら定かではなかった。隊長が死んでしまった時、私は自分の全てを捧げて真撰組を守ろうと決めた。 それなのに時代は目まぐるしく巡る。私の知れぬ場所で回る針は永遠を持たない。 すぐに帰ってくるから心配するなと言った局長は、偉そうな顔をした人間たちに囲まれて何処かへ連れて行かれてしまった。 その次の日には、副長も消えていた。 残された私達はどうすることも出来ず、幕府の言われた通りの仕事をこなすだけのただの人斬り集団となりかけている。 この先どうなっていくのかなんてことはわからない。どうしたらいいのかも、わからない。






「……みんなばらばらになっちゃうかな」






今日は本当に穏やかないい天気だ。呟いた弱音も太陽が溶かす。 焦点の定まらない目で、陽に照らされ雨に洗われ風に乾かされた墓石を見つめるけれど、 それは当然なんの言葉もくれやしない。私はいつも、此処に来るたび思うのだ。 沖田隊長はいったいどこに行ってしまったんだろう。






「近藤さんも、土方さんも、いなくなっちゃったんだよ」






沖田隊長がいなくなって虚無の海に沈んだ私が、更に局長副長の存在をも奪われてしまい下した決断はとても単純で、 二人が帰ってくるまで真撰組でいようということだった。帰ってくる保証はなかった。寧ろ、そんな可能性は僅かもなかった。 それでも私の決断に着いてきてくれる隊士は多くいるし、真撰組はまだ存在している。 それもいつまで続くかわからないけれど。私自身が、いつまで真撰組でいられるかが定かではなかった。 あと一月。せめて、あと一月。隊長と同じ所から世界が見てみたい。






「……沖田隊長、」






ねえ隊長。真撰組を守るって決めて、局長と副長を待つって決めたのは私なのに、 その真撰組を私は最期の最期まで見届けることが出来そうにないんだよ。 崩壊の時が近づいているのは知っている。それを見届けることはきっと出来ないってことも、知っている。 ふと息を吸いこんだら何度か咳き込み、いつものように止まらない咳が吐き出された。 右手で口元を押さえて咳を受け止めしばらくすればそれは治まって、 私はまたはらはらしながら私を心配しては怒る山崎を思い出して早く帰ろうと立ち上がる。






「もうすぐ私もそっちに行きますね、」






天を仰いだら泣きたいくらいに綺麗な水彩画のような空が広がっていて、 沖田隊長が灰になって真っ白の煙になって青に溶け込んでいった日を思い出した。 あんなに怖かった死が不思議と優しいものに変わっていった瞬間だった。だって、沖田隊長が待ってる。 ぐっと伸びをして空に向いた私の右手は、あの日隊長の手のひらに見た色と同じ赤で染まっていた。