日直のあたしは日誌を持って職員室に行ったけど、銀八先生はいなかった。 聞いてみると進路指導室にいるだろうということなので、 面倒だけど階段を上って隅っこにあるそこまで行って一応2、3回ノックする。 返事がないのでそのままドアをあけると、紙の匂いがすうっと肺に流れた。 書類だらけの部屋の中に、壁に向かって一つだけある机に向かって先生が椅子に腕を組んで座っているのがわかった。 せんせー、と呼んでみても返事がない。寝てる。あたしは先生に近づいて、先生、と呟くようにもう一度呼んでみた。反応はない。 薄く開いたカーテンの隙間から傾き始めた夕方の光が流れ込んでいて、先生を透ってゆらゆらと暖かく揺れている。 あたしは無意識にだんだんと心臓が速くなっていくのを感じていた。先生の寝顔はとてもきれいだった。 日誌を胸にきゅっと抱えたまま思わず見とれてしまっていたことにはっとして、きょろきょろと周りを見渡した。 もちろん誰もいない。並ぶ棚にぎっしりと目の回るような書類が並んでいるだけ。 先生の机にも、進路調査表みたいなものが無造作に散らばっているだけ。


あたしは日誌を抱えたまま、片手で先生の眼鏡をそうっと、そうっと息をひそめて外した。 いけないことをしている気分になって、閉まっているドアを視線だけで確認した。 いつ誰が銀八先生を捜しに来て、そのドアが開くかはわからない。そう思ったら、じんわり手のひらに汗をかいたような気がした。 先生はよく見ると思ったよりずっと整った顔をしていて、 毎日やる気のないような顔をしているから気付かなかっただけなんだと思った。 先生の格好良さに気付いた途端、あたしはさらにどきどきどきどきしてきてしまって、 つまり、正直、ムラムラしたんだと思う(思春期だもの!)。

少し屈んで先生の顔を覗き込み、一度息を呑んで顔を近づけてキスをした。そっと触れるだけ。 そしてゆっくり離れる。ほんの一瞬だったからか、先生はまだ眠ったままだけれど、 あたしの心の中には本当にいけないことをしてしまったんだという意識がいっぱいに満ちた。 それが逆に、なんて言うか、興奮して、あたしはもうふわふわした気持ちを抑えられなくなっていた。 鮮明に残る触れた唇の感覚が気持ちよくて、あたしはもう何も考えられずにもう一度先生に唇を重ねる。 するともう離れたくなくなって、離れようとしてみてももう一回、もう一回、と重ねてしまって止まらない。 気付いたらバサッと腕の中にあった日誌を落として、眼鏡だけ右手に掴んだまま、先生の首に腕を回していた。 あたしはもうヤリたい盛りのそのへんの男子と変わらない状態。 ただ先生を求めるようにキスを続けて、ああ、もう、止まらない。 先生の首筋に手を這わせて、襟元から服の中へ手のひらを滑らせる、と。 ばしっと頭に衝撃が走った。





「!!」
「はいそこまで」






衝撃で下がった頭を上げると、先生があきれたような顔でそう言った。
あたしは先生に叩かれた頭を押さえながら、いたい。と呟く。





「なーにしてんだおめーは」
「だって止められなかったんだもん」
「だもん、じゃねーよ!大人で遊ぶんじゃありません!」
先生は怒りながらあたしの手の中の眼鏡を取って、ったくよー、と言いながらそれを掛けた。
「……いつから起きてたの」
「んなもん最初っからに決まってんだろーが」
「最初って」
「お前がここ入ってきたときからだっつーの」
「寝たふりかよ…」





しゅみわる、と呟いたら片手で頬を挟むように掴まれて、むにっと唇を尖らさせられる。 趣味悪ィのはどっちだ、と言う先生はあたしの頬を放して床に落ちていた日誌を拾った。 あたしは両手で頬を包み込むように触って、その頬が自分じゃ気付かないうちに熱を持っていたことに気付く。 ぱらぱらと日誌をめくっている先生の頬はまったく赤く染まってなどいない。 むしろ「寒ィな」とか独り言を言って鼻を啜っている。あたしの上昇した体温など全く無視だ。 足を組んで、一度くしゃみをした先生に、また触れたくなってあたしは唾を飲んだ。ごくんと喉が鳴ってしまいそうな気がした。 すると急にガラリと戸が開いて、数学の先生が入ってきた。 銀八先生がその先生と言葉を交わす隙間に、さようならと捩じ込んであたしは逃げるようにその部屋を出た。 頭の中はもう銀八先生でいっぱいだった。なぜだか緩んでしまう頬が熱い。











れられない今日のこと
(盗んだ先生の唇はコーヒーの味がしたわ)